少年は手に持った数個のりんごを落とさないように、
人々の合間を縫うように走った。
後ろから大声を上げて追ってくる大人たちには見向きもせず、
古びたサンダルを引っ掛けて通りを走った。
角を曲がり、路地裏へと滑り込むように入っても足が止まることはない。
遠くからまだ大人たちの怒声が聞こえてくるが、その姿は見えない。
少年は複雑な路地裏を慣れたように進み、右へ左へと曲がる。
持っているりんごは決して落とさないように、その細い腕で精一杯抱き締めていた。
ふとさっきまで聞こえていた怒声が聞こえなくなり、走っていた足を緩めた。
後ろを振り返っても薄汚い路地の壁が見えるだけで、そこには誰もいない。
ほっと息を吐いて再び前を向き直ろうとしたとき、
急に服を引っぱられて思わず足がもつれた。
「ぅわっ!」
よろけた拍子に腕の中からりんごが落ち、ころころ転がった。
慌てて服を引く方向に目を向けると、一人の少女が座り込んでいた。
薄汚れた服に身を包み、酷く純粋なその目が向いているのは少年の腕の中のりんご。
しかし転がっているそれにがむしゃらに手を伸ばすことはなく、
ただただ見つめている。
「・・・・親は?」
少女に目を向けて聞けば、ふるふると首を振るだけ。声はない。
いまだにりんごへと向けられる視線に居心地の悪さを感じ、
少年は腕の中に残っていたりんごを一つ掴むと服の裾あたりで軽く拭き、
少女の目の前に突き出した。
「やるよ。」
ぶっきら棒だが少女にはその一言で充分だったらしく、
ぱっと顔を輝かせるとりんごに手を伸ばした。
シャリシャリとりんごをかじる音だけがしばらく響いていたが、
ふと聞こえてきた怒声に反応したのは少年だった。
既に全部拾ったりんごを抱く腕に力を込め、その場から走り出そうとした。
しかしふと見た少女がりんごを食べる手を止めて少年を見上げているのに気付き、
少年もその場を動かなかった。
「・・・一緒に来るか?」
ぽつりと呟いた少年の言葉に少女が満面の笑みで微笑んだのを確認し、
少年は少女の手を掴んで立ち上がらせた。
そのまま掴んだ手を固く握り、二人は暗い路地の奥へと走り去っていった。