美しい指先がポットの蓋を押さえて、あの人は僕にアールグレイを淹れてくれた。砂糖は多めで良かったんだっけ? と訊かれて、少しぎこちなくうんと答えれば微笑むあなた。ちょっとして二つのティーカップを持ってきて、その内の一つを僕の方に置いた。白く湯気が上る、香りもよい紅茶を一口啜り、隣の君の顔を窺うと、ふと視線が交わる。
「何? さっきからどうかした?」
「え!? …ううん、何でもないよ。」
思わず勢いよく顔をそらすと、貴方は本当に不思議そうな表情をして自分のカップに口をつけた。ただし猫舌なせいで飲むのはまだまだ先になりそうだ。不本意そうにテーブルにそれを戻すと、お菓子を取りに行くと言って立ち上がってダイニングの向こうに消える。そのことに気持ち安心して、硬かったろう表情を楽なものにし、また紅茶を一口。本当に砂糖は多めにしてくれたのだろう。味にも香りにも甘美な甘さが漂う。それがまるであの人の優しさのようで、僕は自然にまた表情を硬くした。あなたはひどく残酷、僕がその優しさを恐れてるって分かってて平気で僕の心に踏み込んでくる。その度にどれだけ気持ちが揺れるか、分かっているくせに。これ以上心を乱すのは止めにしたいのに。
「美味しいクッキーがあったんだけど…食べる?」
「…うん、頂くよ。」
あなたの一つ一つの行動がまるで蜘蛛の糸のように僕を縛るから、身動きも何もかもが出来ない。反抗も、逃亡も。
その親愛は偽りだと分かっているし知っている。けれどもそれは抜けることの出来ない甘い罠。何も術がない僕は、最早それを本当のものだと信じていくしかない。
その親愛は嘘。その信頼は強制された真。
はめられた、と気づくにはもう遅すぎた――――。
《end.》