梔子いろは

「murmur・Christmas」

《幸せ家族計画》

ポケットからひらりと落ちた一枚の写真。ミルク色のカーペットの上から拾い上げて、いつものようにじっくりとそれを眺める。お父さんとお母さん、それに大好きだった兄さん。その誰とももう会うことはできないけれど、だからこそ再び会えると奇跡を信じる。伯母さんの世話になんてもうならない。私はあちこちにちらばるカケラを拾い集めて、あの幸せだった日々を取り返すから。聖夜の夜ぐらい、馬鹿な夢を見てもいいでしょう?
(私は新たなプレゼントを欲しがったりしない。ただ失くしたものを取り返したいだけなのだから)

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《告げる、君は何と言う?》

部室に二人っきり、まではいいもののそこから先に進まないままもう一時間は経過したように思える。この幼馴染はひどく鈍感で、ガキの頃からの付き合いだから十年以上は俺の想いに気づかないでいるのだ。他の事にはよく頭が回る癖に、色恋沙汰にはとことん疎い。これはもう勝負を賭けるべきかと迷ってちらりとそちらを覗き見る。資料のレイアウトなのかパソコンの前から動かないでいるその背中。腹をくくり、そっと抱きしめて、耳元でそっと想いを告げた。さて、君は何と言うだろう?外の街から流れるクリスマスソングが、やけに大きく響いた。

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《大きな屋敷で》

「なぁ、お前ってなんであいつの執事やってるんだっけ?」
他愛のない質問を客人にされて、男は一瞬戸惑いを帯びたような顔をした。それからあの独特な笑い方をして、目を細めて客人の問いに答える。
「それはですね、給料がいいからでございますよ」
「やっぱり?そうだと思ったんだよ」
カラカラと笑って少年はテーブルのチェス盤の駒をいじる。そういえば今勝負はどうなっているのだろう。ここの屋敷の主人の方が未だ優勢なのだろうか?あとでクッキーでも焼いて持っていこうとひっそり思いながらも、執事は客人の少年のために目の前の扉を開いた。
「どうぞ、お嬢様がお待ちかねでございます」
聖夜に相応しい勝負をお楽しみください。

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《メロウ》

 甘すぎるケーキに軽い吐き気を覚えながらも、折角彼女が買ってきてくれたのだからと無理やり胃の中へシャンパンと一緒に流し込んだ。生クリームとスポンジの感触が喉を通り抜けてするりと落ちて行く。しばらく消えない甘さにしかめっ面をしていたようで、隣の彼女が不思議そうな顔をした。それに気付いて慌てて笑顔を取り繕う。そうすると彼女は本当に愛らしく微笑むのだ。それがまた、やっぱりこいつの彼氏で良かったなぁなんて思わせるものだから、今この瞬間が幸せでたまらない。微かなアルコールが、俺を陽気にさせたようだった。勢いで、滅多に言わない「好きだよ」なんて。

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《倶楽部》

 自主休学(という名のずる休み)をしていた間に、我らが倶楽部の部室は随分と華やかになっていた。色とりどりの飾りがふんだんに使われたクリスマスツリーが部屋の隅に置いてあり、何やら怪しげなサンタの置物もある。そういえば、最近集会に出ていなかったから部員のみんなとは結構長い間会っていない。久しぶりの会に胸を弾ませながらテーブルにショルダーバッグを置いた。と丁度その時、扉があいてひょっこりと狂巳さんが顔を覗かせる。軽く会釈をして僕は彼女に席を勧めた。自らもその隣に陣取り、他のメンツが揃うのを雑談しながら待つ。流石に狂巳さん、雑談もレベルが高すぎてついていけなかった。それから少しして火相さんと真赤さんが姿を見せる。相変わらずの様子に思わず笑みが零れ、それを火相さんに突っ込まれる。このやり取りも久ぶりだ。そして狂巳さんと彼の不仲具合も相変わらず…。真赤さんはいつものように好青年だ。やっぱり爽やかな笑顔を撒いて眼鏡をきゅっと押し上げる。それがすごく様になっていることは、言うまでもない。その数分後、巫女子先輩が遅れてきてぺろりと舌を出して謝った。さて、これで人数は揃った。
「では、今回はクリスマスということについてですが…」
それではしばしの間、ご静聴くださいませ。

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《よろしくサンタさん》
「だからさ、ふぅは今年wiiが欲しいんだって。」
「…それを俺のボーナスで買えと?」
「アンタ、自分の子供が可愛くないの?」
妻の雪枝がそう凄みをきかせて言った。そう言われてしまえば逆らうことも出来ずに頷くほかない。安月給の公務員の唯一の楽しみなのに、と不満を漏らせば更にふぅを引きあいに出されて会話はそこで強制終了。もう寝るわ、と雪枝はベッドに入る前にもっと問題な爆弾を落としていっていった。
「ねぇ、あたしは動森欲しいな。」
ね?と素敵な笑顔のお願い(もといおどし)に結局屈した俺は、軽くなる財布を容易く想像して溜息をついたのだった。
「よろしく、パパサンタさん」
 上機嫌な声は、毎年響く。

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《部活》
「年末特集…ですか?」
「あぁ、今回は学校誌と連動しようかと思ってね。」
 先輩は人懐っこい笑みを浮かべると(また僕に押し付けるつもりだろう)、ペンとメモ帳を持たせて「それじゃ」と言った。嗚呼、先の展開が読めてしまう。
「行って来い海上。お前は部活・クラブ担当だ。手始めに今隣室でやってる『倶楽部』の話聞いて来い。」
「い…嫌ですよ。何かあの空間怖いし!僕怖い話ダメなんですって!」
「 先 輩 命 令 。」
「うぅ、行かせていただきます…」
 くるり、新聞部の部室をあとにして、僕は隣室の空き教室の前に佇んだ。既に何ともいえないおどろおどろしい空気が外に漏れ出している。ペンを持つ手がカタカタ震えるのを無理やり押さえつけて、意を決してその扉を軽くノックした。
「すみません、新聞部の者なのですが」
 戸を開けられた時、視界に映り込んだツリーが妙に毒々しかった。部屋に踏みいれ、後ろで鍵が閉まる音がする。
 生きて帰れる気がしないのは、気のせいだと思いたい。

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《バースデー》

 十二月二十五日、所謂クリスマス。いつもと違って親からプレゼントを貰えたり、家でケーキやご馳走を食べたりと特殊な日だ。丁度この日が誕生日の私ももちろんこういったことをするが、それは別に誕生日だからと言って二倍になんかなったりしなかった。むしろクリスマスのついでに祝っとく?みたいになっているのがすごく気に入らない。幼いころからの悩みの種である。クラスメイトの友人たちも、一年に一度の大イベントと言う事もあって「おめでとう」の一言すら言ってくれはしなかった。…別に祝って欲しかったわけじゃないけどね!拗ねてなんかないのよ。だから私はこの日、中間テストと同じくらい憂鬱になる。はら、家に帰ったら「Merry Christmas」なんて書かれたプレートが乗ったケーキが食卓テーブルに。…やっぱり、ちょっとくらいは祝って欲しい。

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《ネガイ》

それは例えば『ゲームソフトが欲しいです。』
それは例えば『わんちゃんが欲しい。』
それは例えば『恋人が欲しいです(笑)』
それは例えば『優しい世界』
それは例えば『みんなが幸せに暮らせる場所』

私が世界中を周って叶えるのは、何も物体的な願いだけではない。正に「空想」と呼べる「願い」だって叶えてやれる力もある。ただしそれは私一人の力では到底無理な話。世界を変えるなんて大事、爺一人で出来るわけがない。だから毎年、そういうことを願ってくれる人の力を借りて、少しずついい方向へ。いい方向へ。けれどやっぱり悪いことだって増えるから。故に毎年思うのです。世界の総てが、一つの共通のことを思ってくれればいいのにと。
(想いの力って、案外大きいんだよ?)

毎年毎年、そう思うのです。

                      END.

あとがき
 ……おーあーるぜっとorz
今回は趣味の詰め合わせログです。クリスマス関係ないじゃんとか言わないの☆まともも入れつつ…妄想も過多。
締切のびたのに残念なことになってサーセン。でも、この人こういう人だから!ね、仕方ないもん!(笑)
では、十全なる機会がありましたらまたお会いしましょう。

二〇〇八・十二月            梔子いろは