梔子いろは

『みやがくたんぶ!ぷれりゅ〜どっ』

0.
 とってもお金の掛かることで有名な私立高校・三矢学園には、奇人変人が集まることで有名な一つの部活があった。顧問・監督共に存在せず、生徒の自治だけで部費が下りるそんな部活が。
 人はそんな彼らのことをこう呼ぶのだ。通称『たんぶ!』と。

1.
 入学式当日の放課後、『たんぶ!』の部室は空だった。誰ひとりとしていない状況、まさに空というに相応しい。しかし部活動見学の生徒が来る様子もないそこは、あからさまに避けられているようだった。『たんぶ!』と書かれた手書き感溢れるプレートは確かに目を引くのだが、それは違う意味でのことである。入学しなくとも、部活動見学などしなくともその部の噂はどこでも聞けるからだ。その中にはいいものもあれば、当然良くないものもある。そして噂の大半は、後者だった。関われば厄介事に巻き込まれることは必須。そして今年の入学した生徒の中には、そんな厄介事に自ら巻き込まれてやろうという奇特な生徒はいなかった。故に、今年の『たんぶ!』新入部員はゼロ。しかしそんな小さな事実を気にするものはこの部活にはいない。そんなことを気にするほど心の狭い部員はいないし、基本来るものは拒まず去る者は追わずの精神である。それに皆、それぞれの活動が忙しい。全員がこの時間部室にいないのも当然で、むしろいない方が多いと言った方が正しかった。集まることなんて、よっぽどのことがないとない。…そう、よっぽどのことが。

2.
「…あれ、誰もいないんですか?」
 昼休みに召集メールが届き、活動時間の放課後に来てみればまだ誰も来ていなかった。楽にしようと詰襟のボタンを一つ外して、少年は薄い色素の髪の毛をさらりと揺らす。備え付けのポットからお湯を注いで、緑茶のティーバックを浮かべる。それから、これまた誰が持ってきたのか知らないが、置いてあった茶菓子を一つ剥いて口に放り込んだ。中身の少ない学生鞄を自席に置いて、一息つこうとしたその時。何やら外が騒がしいのに気がついてドアに目をやると、騒々しく飛び込んできたのは二人の人間。一般生徒がこの部屋に立ち入ることはまずない。ならばこれは自分と同じ部活に所属する人間のなのだろうと思ってみれば、やはり予想は的中した。大柄な男子生徒が二人、一人はバスケ部のユニフォームを着ており、もう一人は生徒会の腕章を腕に巻いている。何やら言い争っている彼らの方をまじまじと見ていれば、それに気づいた一人が聞いてくれよと言わんばかりに話しかけてきた。
「おう、岩木。お前ジャンプ派?マガジン派?」
「男ならもちろんマガジンだろ、岩木?」
「馬鹿言え。男ならばこそジャンプだろ!」
「あの、いったい何の話を」
 呆れた、といった表情を浮かべれば、何を不満に思ったのか頭をコツンと殴られる。ジャンプ、マガジンと交互に攻め立てられて、岩木と呼ばれた少年は呆れから泣きそうな表情を作り出した。色の薄い瞳に涙の膜が薄く張っていく。おろおろと挟み撃ちにしている双方を見比べて、岩木は天に助けを求めた。ら。
「アンタら、またロリのこと虐めてんの?飽きないわね」
「蒼叉か。てか虐めてねぇし!」
「ウソ。だってロリ半泣きだもん」
 岩木のしょぼしょぼとした瞳を覗き込んで、突如として現れた少女・蒼叉みのりはカチューシャのリボンを靡かせてそう言った。
言われるままに確認した男子二人は若干の罪悪感を覚えるとともに岩木に詫びる。岩木―――岩木色璃は溜めていた涙を引っ込めると、少しだけはにかんだ。
「別に大丈夫です。ちょっとびっくりしただけで…」
「ロリの懐の大きさに感謝なさい!心の狭い赤川・緑円寺コンビ」
「るせー。だってこいつがマガジンとか言うから」
「赤川がジャンプが一番などとぬかすから」
「いい加減にしろ犬猿コンビめ」
 ぐるるると互いを威嚇するような姿勢の二人を、蒼叉は笑顔で牽制する。何か話題を変えようと「そういえば」と切り出すことにした蒼叉は、携帯を取り出すとメール画面を開いた。
「ね、部長から何か言われた?てかアンタら部活平気なの?」
「緊急集合としか言われてねぇよ。てか部活のことは今は関係ねぇだろ。入部届けに【いかなることがあろうとも『たんぶ!』を優先させること】って条約があるくらいだからな」
「そいつの言う通りだ。例え今この時わが生徒会が予算最終決定案の決議をやっていようといまいと『たんぶ!』が優先だからな。」
「いや、それ生徒会長いないとダメでしょう…」
「そういう蒼叉は?」
手持無沙汰なのか携帯の開閉を飽きることなく続ける彼女に、緑円寺が尋ねる。蒼叉は一瞬きょとんとした顔を作ったが、ストラップに指をかけてくるくるとそのまま回し始めた。
「いーのよ別に。頼まれてたシステムメンテナンスはもう終わったしね」
「大変だな。電気工学部も」
「生徒会に比べればどうってことないわよ、会長サン」
最後だけ妙に厭味な言い方をしたのは、この間の予算決議で電気工学部の予算を減少させられたのが大きいだろう。苦虫を噛み潰した様に眉間に皺を寄せ、緑円寺はそう分析した。機嫌が下がって大変になる前に予算を元に戻しておかなくては、と胸ポケットから生徒手帳を取り出してメモしておく。几帳面な文字は、緑円寺の性格をまるまる表わしているようだった。
「…で、部長はまだなんですか?蒼叉さん」
「待っててロリ!あたしがロリのために一肌脱いじゃう!」
「お前はほんとに岩木のこと好きだよな…」
 岩木に向ってバチコーン★とウインクして見せた蒼叉は、自分の携帯のアドレス帳から部長の電話番号を引っ張り出してくると、学校内で堂々と電話をかけ始める。当然のことだが、校内での携帯電話の使用は禁止である。しかしばれなければいいだろうと高らかに謳う蒼叉に、風紀を守るはずの生徒会長も黙認とあってはこの場の誰もが口応えする必要はない。静かな部屋に響くコール音に、場の全員が耳を澄ます。しばらくして途切れたコール音の次の言葉を、蒼叉は待った。
『ん〜〜〜?みのりん?なに、どうしたの?』
「どうしたのじゃないですよ。放課後集合って言ったじゃないですか!」
『あ、ごめ。今ね、ちょっと取り込み中ってか…あ、いいっスか?あー、じゃあ失礼して…大丈夫!今から行ける!』
「本当ですかー?早く来てくださいね。みんな待ってるんですから!ロリも待ちくたびれてますよ!」
『蒼叉ちゃん、ほんとロリのこと好きだよね』
「うるさいですよ。それじゃあ、また後で」
『はーい、ばいばーい』
 軽やかに会話を終了した蒼叉は、ピンクの携帯を誇らしげに閉じると、傍にいた岩木に抱きついた。蒼叉よりも小柄な岩木はつぶされる様な形になり、苦しそうな声を上げる。むぐぐ、と唸る岩木を助けようと、赤川が埋もれたその姿を引っ張る。呼吸困難に陥っていた小さな体躯は過分すぎる空気を吸い込んで、激しくむせ込んでいた。その姿はいたく可哀そうで、気の毒に思った緑円寺は背中をさすってやる。ようやく落ち着いたのか、岩木は荒い息を吐きながら緑円寺に礼を言った。
「ありがとうございます、緑円寺くん」
「なに、どうってことはない」
「みんなごめんねー!待った?」
 緑円寺と岩木の会話の間に割って入ったのは、件の部長だった。いつのまに入ってきたのか、誰も気づかぬ間に自然に輪の中に入っている。声を聞いて初めて気づいた一同は大げさに驚いた。赤川など、口から心臓が飛び出るのではないかというほど驚いていた。訂正、目も飛び出そうなくらい見開いている。蒼叉は口をぽかんと開けていて、岩木も緑円寺も慌てて振り返った。そこには茶髪(これも明らかに校則違反だ)を靡かせて立つ『たんぶ!』部長・黄本友樹は朗らかに笑ったりなんかして「よっ」と左手を挙げて見せた。そのあまりにも突然な登場に事態がいまいち飲み込めないメンバーは、なかなか反応出来ずに固まったままだ。そんな一同を見かねて、黄本は困ったように微笑む。その姿が既にオレンジ色に染まり出した空とマッチして一層黄本の評価をあげているだなんて、突っ込む余裕すらない。そこで最初に気を取り直した緑円寺が、気を取り直すように黒ぶちの眼鏡を押し上げて口を開いた。
「ええと…遅れたのは何を?」
「学園長先生様とジャンプ派かマガジン派か言い争ってた。ちなみに俺はジャンプ派ね。好きなバスケ漫画あるし。あ、今週もアンケート出さなきゃな!帰りに五十円切手買って帰ろっと」
「やっぱ黄本さんもジャンプ派っスか?いやー、俺もジャンプ派なんスよー」
「まーじーでー?俺らお揃いだな赤川!緑円寺はあれだ、お前マガジン派の子だろ。何かマガジン読んでそうな顔してる」
「…悪かったですねマガジン派で」
 自分より上の三年生である黄本には流石に噛みつく気はないらしく、緑円寺は大人しく引き下がった。黄本の後ろでニヤニヤと笑う赤川に口元を引き攣らせているのは見間違いではないだろう。黄本がいなくなった後が怖い、と赤川は調子に乗ったことを多少は後悔した。が反省などするか。極めつけに舌をベロベロと出して挑発すると、ついにプッツンいったのか魔王のようなオーラまで漂わせ始めた。いい感じに不穏な雰囲気になったところで、黄本はやっと本題に入る。それはこれからの『たんぶ!』の活動内容であり、蒼叉や赤川、緑円寺が部活をほっぽり出してまで来る本業でもある。岩木だけはまだおろおろと視線をあちらこちらに彷徨わせていたが、黄本と目があった瞬間その瞳はきりりと鋭い光を帯びた。全員に聞く決心が出来たところで、黄本は遂に口を割った。
「今回の報酬は期待できるぜ。みんなモチベーションあがるぞー」
「誰なんです?今回の依頼人って」
 やたらご機嫌な黄本の様子に、蒼叉は一抹の期待と不安を感じる。聞いて驚くなよ、という約束は―――守れなかった。
「三矢学の学園長」
「へぇー…え、え?ええぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「ちなみに今回の報酬は学生らしく今年の夏休みの宿題全面免除だッ!どうだ驚いたか愚民共め!」
「なっ、夏休みの宿題全面免除ォォォオオ!?」
 まっさきに飛びついたのは赤川だった。大型犬のようにキラキラと瞳を輝かせてスゲェ!と連発している。提出物未提出の常習犯である彼にとっては、出さなくても単位が貰えるというのは非常にありがたい報酬である。そんな赤川を冷めた目で見つめるのが緑円寺だ。三矢学園始まって以来の秀才を言われている緑円寺にとって宿題などなんの障害でもないが、だがしかしやらなくてもいいと言うならばその方が楽である。宿題全面免除などという餌に釣られる赤川を蔑みながらも、自らも片足を突っ込んでいる状態だ。蒼叉は宿題免除というのが気に食わなかったのか、少しむすっとした表情になっていた。
「今回は現金じゃないんですね」
「そんな不満そうな顔しないの。この守銭奴め☆」
「部費稼ぐの大変なんですよ?部品買ったら結構な頻度で自腹切らなきゃいけないし…誰かさんに部費減らされるしぃ」
「俺のせいか!?」
「ま、そこは夏休みバイトすりゃあいいんじゃん?どうせ休み中も部活あるぜ?ほら、ロリからも一言どうぞ」
「あの、僕も宿題免除だったら嬉しいです…」
 …岩木がそう言った途端、蒼叉の態度が豹変した。
「だよね!ロリがそう言うならそれがジャスティス!」
「「ほんと、ロリ(岩木)のこと好きだよな」」
 むぎゅうと己が胸に抱きしめて、蒼叉は先程の不満を微塵も残さずに言いきって見せた。それを見た残りの三人は現金な奴めと心の中でひっそり思う。サイコメトラの如くそれを察した蒼叉は、滅多に見せないような恐ろしい笑顔でうっそり微笑んだ。あとでシメる気、満々らしい。勿論岩木からは見えないような角度なので、蒼叉は侮れない人材なのだ。
「で、今回の依頼は?」
「今回も俺ら向きのイイ仕事だぜ?」
「貴方がそう言うのでしたらロクな仕事じゃありませんね」
「まぁね。【学園長の曾祖父が残した正体不明の財宝の探索】ってところかな。ちなみに今まで見つけられた者はいないらしい。探そうとする奴らはみんな見つける前に不慮の事故で死んだそうだ」
 至極楽しそうに語る黄本の目は輝いている。まるで面白い悪戯でも考え付いたような無邪気な子供のように。
「では皆の者、この依頼を引き受けるのに異議はないかね?」
「「「「異議なし!」」」」
  


弾んだような大きな声が、四人分木霊した。

我等、『三矢学園探偵部!』に解けない謎はございません。いつでも依頼お待ちしております。なぁに、報酬は貴方のお気持ち次第ですよ。何せこれは学生のクラブ活動、遊びの延長線上ですから。―――そう、どんなに優秀な結果を残したとしても、ね?


         《ぷれりゅ〜どっ編  ひとまずえんど☆》

《あとがき》 BGM〜sm5902828(全編通して)
 さて、ここまで読んでくださってありがとうございました。何度目かの方はお久しぶりです。この度入学した新入生の方は初めまして。梔子いろはです。今回は新入生歓迎号ということで、春らしくちょっとぶっ飛んだ内容の話を書かせて頂きました。読んでくださった方はもうお分かりですね。これから読むという方は『ぶっ飛んだ』ということをどうぞ念頭に置いてくださいませ。
実はこの原稿を脱稿したのは〆切の三日前にございます。よって今日の日付は四月六日。始めたのもこの日から。しかも午後からパソ子と向かい合って、懸けた時間は八時間。午前は何書くかも決めていなかったのですから、我ながら凄いと思いました☆(おま)こんな堅苦しいあとがきですが、梔子自身はもっとフランクな人間です。ちなみに作中でも話題になりましたが、作者はジャンプ派です。毎週欠かさず購読しております。
話があちこちふらふらとしていますが、作品の話でも。ページ数・及び時間の関係もありますが、この文章は『みやがくたんぶ!』という話の序章、つまりプレリュードであります。かといって本編は一ページも構想考えておりません。よって恐らく序章だけで完結した作品です。気が向けば書くかも…知れないですけど。でも今現在別ジャンルで奮闘中なので余裕がないのですよ☆←
興味を持ってくださった方、是非文芸部へ!歓迎します!あーあとジャンプ好きだよって方も(ry
続きでキャラ設定とか↓

・岩木色璃(いわきいろり)三矢学園二年 探偵部
小動物系敬語担当。色素薄い。洞察力ピカイチ。通称ロリ。
・赤川澄也(あかがわすみや)同二年 探偵・バスケ部
熱血担当?緑円寺とは犬猿の仲。類稀なる発想力を持つ。
・緑円寺無頼(りょくえんじむらい)同二年 探偵・生徒会
インテリ眼鏡担当。しっかりとした論理に基づいた推理に定評。
・蒼叉みのり(あおさみのり)同二年 探偵・電子工学部
唯一の女性メンバー。ロリ大好き。頭の引き出しに豊富な知識。
・黄本友樹(きもとともき)同三年 探偵部
色んな所にコネがある。部長。オールマイティな人望厚い人。

長くなりましたが、お目汚し失礼しました!
平成二十一年 春                梔子いろは