真崎珠亜

追憶の残滓

『……悪いけど、一人で泣いてる子は放っておけないなぁ』
多分、彼は拭おうとしているのだろうが幽霊な為触れることはなく、凍り付くような冷気が眦や頬を撫でた。そろそろと目を開けると、綺麗な手が映り込んだ。……半透明だったが。
 私はハッとして、その手を払いのけるように乱暴に自分の目をこすった。そこには、透明で温かな液体がついていた。
涙はもう、とっくに出なくなっている筈なのに。
『そんなぼろぼろ泣かれながらあんなトコ立たれたら、止めるしか無いじゃないか』
呆然としている私を見ながら、彼はそんなことを言った。
私が、泣いていた? 何で?
『何で……って、こっちが訊きたいよ』
『……私が思ってる事まで分かるんですか』
ふと彼が口を開いたので、私は少し怨みがましい目で見ながらそう訊いた。すると彼は、相変わらず気の抜けた笑顔で
『まぁ、幽霊だから』
なんて答えた。
 ……どうしてだろう。この人は怖くない。
『これは事実論なんだけど、大抵学校の屋上から飛び降り自殺図る奴っていうのは、笑ってるんだよ』
『は?』
『何て言うのかなぁ…『学校ざまぁw』みたいな。困らせるために死んでやるーみたいな』
『……この学校、そんなに飛び降り流行ってるんですか』
流行っているという言い方はどうだろうと思ったが、彼の口調が1人2人の話ではなさそうだったのだ。
『んー…流行ってるって訳じゃないと思うけど……僕が見てきたのは10人くらい』
『な、何でちゃんと鍵掛けないんですか!? それだけ亡くなってたらうっかりじゃ済まされ無いでしょう!』
『何かここって呪われてるみたいでねー。鍵を付けようとすると、必ずそれに関わった人が事故とか病気になるらしいよ。だから生徒には厳重に注意するみたい』
その呪いの原因って貴方なんじゃないか…?
『失礼な。僕はそんな酷いことはしないよ』
『でも実際10人くらい見殺しにしてますよね』
『それは仕方無いよ。僕が何言っても何やっても相手が気付かないんだもん』
…………成る程。
『……貴方もここから落ちたんですか?』
『分かんない』
……は?
『僕は気付いたらここに居てね。カッコ的にここの生徒で3年だったんだろうけど、名前も分からないし死因も分からないんだよね。分からないっていうか覚えてないっていうか』
『はぁ……』
 私は何だか、凄いモノに遭ってしまった気がする。
『よし、じゃあ僕が君の話を聞いてあげるよ』
『話…?』
『辛いこと、いっぱいあったんだろ? 誰かに話せば少しは楽になると思うよ。飛び降りたいとは思わないくらいには』
『……長いですよ』
『上等。…って、君は良いの?』
自分から言っておいて何を言うんだろう、この幽霊は。
私は小さく溜息を吐いてから、続けた。
『両親は職場に泊まり込みですから。……じゃあ、話しますよ。途中で逃げたりしないで下さいね…?』
 それから、私はその幽霊に普段の鬱憤を全部ぶつけた。彼は黙って聞いているだけで、嫌な顔一つしなかった。それで、最後にただ一言だけ
『……分かった』
と言っただけだった。
 本当に誰かに話すと気が楽になるようで、私の心はいつもより凄く軽くなっていた。
『明日も、来て良いですか』
つい、そんなことを訊いてしまった。
『いつでもおいで。僕はずっと此処にいるから』

 …………それが、私と彼の初めての出会いだった。


http://bungeiclub.nomaki.jp/
design by {neut}