魅闇美

呪縛の月光蝶《前編》

寒い・・・
ぼろいアパートだから隙間風があることは承知している。
だけど、この寒さはただ事じゃない。
どれだけ大きな穴が開けば扇風機でも置いてあるような風が吹き込んでくるのだろうか。
そう思って勢いよく布団から顔を出した。
目に映ったのは窓。
そして何か生き物のように揺れ動き、靡くカーテン。
(窓開いてんじゃねぇか・・・)
通りで寒いわけだと思い、面倒くさげに布団から出た。 暖かい布団を出ると、風は容赦なく吹き付ける。 立ち上がり窓のほうへと近づくと冷たくなったカーテンが覆いかぶさった。
軽く舌打ちをしてカーテンを剥がしていると、視界の端に白い物体が空を舞っているのが見える。
・・・雪が降っている。
暫くぼんやりとその白を眺めていると、白の景色の中で一際目を引く黒い何かがちらついていた。
思わずその黒に引き寄せられ腕が伸びた。
空をちらつく黒は、伸ばされた俺の指に静かに止まった。 自分の方へそっと近づけて黒を見つめると、たたんだ羽を戸惑うように震えさせている。 外の闇に溶けるような漆黒に縁取られた、艶のある花浅葱色の羽に目を奪われた。 月影に照らすと、花浅葱色の羽はトルコ石のように輝いている。 こんなに綺麗な蝶は十九年間生きてきて生まれて始めて見た。
俺は時間を忘れて、この蝶が飛び去って行くまで食い入るように見つめ続けた。

*****

どれくらい時間が経ったのか判らない。
その蝶は俺の指を離れ、モノクロの世界に姿を消した。
さきほどまで蝶が止まっていた指先を夢見心地で見ていると、 冷たい風が目を覚ませと言わんばかりにぶつかって来る。 それによって直に肌が出ている部分はもちろん、 薄いシャツやチノパンさえも風は通り抜けて一気に体は冷えた。
我に返り、寒さに体を縮込ませながら窓を閉めた。
・・・つもりだったが、途中何かが引っ掛かって窓は後二十センチという所で止まった。
「流石おんぼろアパートだな・・・。」
そうぼやいて再び窓をスライドさせるが、まだ何か引っ掛かっている。
「・・・ったく、石でも挟まってるのか?」
窓の枠を覗き込むと、突然目の前に人の手が現れた。
「・・・・・は?」
幻覚か、それとも夢なのか・・・。
目を擦り、頬をつねり、ついでに深呼吸もしてみたが目の前の手は依然としてそこに有る。
ここは2階だから、人の手が窓の枠を掴んでいるということはぶら下がっているということだろうか?
いやいや、人がぶら下がってるって何のためにですか、どういうことですか??
一体何をすればいいのかもわからず、冷静さを失いつつもある。 人形みたいにその場に突っ立って手を凝視していると、手がぴくぴくと動き出した。
「!!!」
それを見た瞬間、声にならない叫びが喉の奥から零れでる。 俺が腰を抜かし、後ずさりをする中で、その手は2本に増えていた。
次に俺が瞬きをしたときには、2本の手だけでなく小さな幼子が愛想の良い笑みを浮かべて座っていた。
視線が絡み合うと、その子供は最高級ともいえる笑顔で言った・・・
「お兄さん、外寒いからここ泊まってもいい?」

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