魅闇美

麦茶ミルク

 一度失敗すれば人間は後悔し、もう過ちを繰り返さないように反省するものである。
それなのにどうして人間は同じ過ちを繰り返してしまうのだろうか。
「中間まであと1、2、3……」
 次のテストまでの日数を数えて頭が痛くなってきた。指折り数えて片手で事足りるのが悲しすぎる。
前のテストが悲惨な結果だったから、どうにか次のテストで挽回しようと心に決めた。
そしてテストの範囲表がくるやいなや計画を立てた。あの頃のやる気はどこへ行ったのやら。計画を立てるだけで満足して決めた予定を後回しにし、勉強したくないと自分を甘やかした結果これだ。テスト5日前なのに何にも手をつけていない。
 終わった、と自分の中で何かが崩れていくのを感じる。
3日、いや2日前からでも勉強していればよかった。2日前に野球観戦なんてして盛り上がっていた自分が腹立たしい。せめてあの時手に教科書でも持っていれば単語の20個30個は覚えていたかもしれない。何も暗記していないからっぽの脳みそ全スペースを使って反省と後悔が為される。反省している時間さえも惜しい今、本来はこの時間も勉強に費やせばいいのにそんな気にはなれなかった。
 テストが差し迫っているのに何も準備していない自分を世間では何と呼ぶのだろうか、勇者? チャレンジャー?
「大馬鹿ものだな」
 そう答えた友人に否定することもできず、ゆっくりと首を縦に振った。多少なりとも自分の中にあるプライドが少し傷ついた。
「そんなこと自分が一番わかってるよ……」
何度も頭の中で思ったことも自分以外の誰かから口に出して言われると結構胸が痛い。
「あー、なんでこんなに勉強しなくちゃならないんだ。2次関数とか日常生活に必要あるのか??」
「一般教養なんだからそれ考えたら終わりだろ。良い脳みそを作る為の脳みそトレーニングだとおもっとけよ」
「脳みそトレーニング、ね。プロテイン摂取して筋トレするだけで頭良くなんねぇかな」
「ははっ、無理だろ。脳みそ柔らかくならないで筋肉になるぜ?」
 丸付けの音が聞こえ始める。チラリと友人のノートを覗き見ると丸が多くてへこんだ。
「まぁ悩んでいてもテストがなくなるわけじゃないし、どうせ残された期間は決まってるんだから焦らず多少の足掻きは見せようぜ?」
「お前もまだ試験勉強していないんだよな?」
「ああ、そうだけど?」
それなのに何なんだこの違いは、と心が叫んだ。5日前からやってもどうにかなるという余裕があるのだろうか?
「お前大丈夫なわけ? まだ何も勉強していないんだろ?」
「今回が初めてじゃないし」
 ベテランということかと友人の余裕な態度に納得した。そりゃ何回もこんなせっぱつまった状況を経験すれば焦ることはなくなるだろう。尊敬すればいいのか軽蔑すればいいのか今の自分では微妙なところだ。
「そうだ、息抜きして気持ち切り替えようぜ? 勝手に台所から飲み物とっていいか?」
「ああ」
 返答を聞くと友人は軽い足取りで台所へ向かう。その様子をぼんやりと眺めていた。
自分1人ではまた勉強から逃げてしまうだろうと思って友人に勉強会をしてもらうことにした。この時期に家に呼びだすなんて迷惑だろうとダメもとで頼んだのだが、嫌がる素振りもなく誘いに乗ってくれた友人にどれだけ感謝したかは言うまでもない。
「おまたせ」
 戻ってきた友人を見ると手に2つのコップを持っていた。透明なガラスのコップの中に入っているキャラメルのような色をした飲み物はミルクティー? 家にミルクティーなんてあっただろうかと思ったが、母さんが買ってきていたのかもしれない。礼を言って受け取り、コップに口をつけようとしたが……
「ん……?」
 紅茶の香りが全然しないことに違和感を感じた。
「どうかしたか?」
「いや……」
「ミルクティー飲むと落ち着くぜ?」
 友人に促されて今度こそミルクティーを喉に流し込む。違和感の理由はすぐ分かった。これはミルクティーではない。
「なんだこれ!!」
「ミルクティー」
「17年間生きてきて数度ミルクティーを口にしてきたものならこんな違和感すぐ気付くだろ。なんだこの全然風味もない少し苦い牛乳のような飲み物は」
「ミルクティーっぽい飲み物? 麦茶に牛乳を足したらミルクティーになるんだぜ?」
 子供のような悪意のない笑顔に溜息が零れた。アホすぎる……。
「冷蔵庫にファンタとかオレンジジュースとかあったはずだ。なのにこんなの作ってくるって嫌がらせか? つーかむしろ麦茶オンリーか牛乳だけで持って来いよ。コラボレーションしちゃいけないものだよな、コレ?!」
「でもさ、言われればミルクティーって感じしない?」
「しねぇし!! おもしろ実験教室とかじゃないんだからこんな複合物生み出すなよな」
「そんな興奮するなよ。ほら、ミルクティー飲んで落ちつけって」
「誰が飲むか!!」

 嗚呼、こんな馬鹿を作らないために勉強ってあるのかもしれないな。
 麦茶ミルクを飲みながらそんなことを思った。

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