東雲

虹霓

「――何、してるんだ?」
さあさあと軽い音を立てながら降る霧雨の中に立っている少女――露草は、 傘を差さずにぼんやりと見上げていた視線を声のした濡縁の方向へと向けた。
「んー…狐の嫁入りって珍しいなと思って……里桜さんはそう思いません?」
「………否定はしないけど、珍しいのとずぶ濡れになるのとどういう関係が」
露草の長い髪は額や頬にに張り付き、着物も濡れていない場所が あったら奇跡だと思えるほどに雨を吸い込んで変色してしまっている。
「こういうときの雨って普段の雨とは違うような気がするので、折角だから浴びておこうかと。 なので雨に当たってます。きっと良い事がありますよ!」
「どこがどうなったらそう結びつくんだ……」
「まぁ細かい事は良いじゃないですか」
半ば呆れ顔で頭を抱える里桜とは対照的に、露草はくすくすと楽しげに笑った。
「……とにかく家の中に入りなさい、風邪を引く」
「何だか急に保護者みたいですね……大丈夫ですよ、元々強い雨じゃないですから」
などと言いつつも、家の方へ歩き出す。
その途端何かを見つけたらしく「あ」と声を上げた後、露草は里桜を引っ張り屋根の向こうを指差した。
「虹ですよ、しかも二つ!!」
指の先にはその言葉通り、山の向こうに山二つ覆うほどの大きな虹と、 それに寄り添うように一回り小さい虹が淡い姿を見せていた。
「虹が二つなんてそうそう無いです……良い事、ありましたね」
「そうだな……初めて見た。ここまで虹が綺麗だと思ったのは初めてかもしれない。 でも狐の嫁入りを浴びた事とこれは関係ないと思う」
「…………今この場面でいいますか」
ふくれる仕草をする露草を見て里桜が吹きだし、つられるように露草も笑い出す。

――――二つの虹が出たある夏の日の、他愛の無いそんな出来事。


                                      ≪fin.≫

*あとがき*
最近雨降ってるし、梅雨近いし、雨でほのぼのした話でも書こうかと思ったらこんなんに。
何だコレ…?里桜と露草は同じ名前が前回登場しましたが、
今回の話は同じだけど違う何かだと思って下さい(笑

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