吐息は白く、朝に冷え込んだ蔵内の空気は凍えるよう。
嗚呼、またこの季節が廻って来たのかと、そう、思った。
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―――確か、この身が『鬼』と呼ばれる存在に成り果てたのも、こんな吐息が白い日のことだった。
仰向けに倒れた体は指先さえ動かせず、ただ天と地の間を舞う白を見つめ、流れ出る紅が積もった白を染めるのを感じながら。
戦を憎み、飢えを憎み、富を憎み、己の考えうる全てを憎み、呪った。
負の感情が思考を満たし、いつしか其れさえもふつりと途切れて―――あるはずのなかった目覚めの時には鬼となっていた。
老いることなく輪廻転生の輪を外れてほぼ永遠に己を憎んだ世を生きることに嫌気が差して何度か人里を襲ったりもした。
詰るところ、どうでも良かったのだ。
軈て術者に捕まり、後手に組まされた腕に張られた術符で力が制限され蔵に閉じ込められても、朽ちる事ない身に嫌悪を通り越して呆れさえ覚えたほどに。
幾百の年を渡り、蔵が先に朽ち始めた頃から幼い人の子が時折来るようになったが、私の姿は見えていないようだった。
朽ちてゆく存在なのだからそれで良いと思っていた。
その時は。
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「………それは今がこうだからな…」
昔は、手に横に座った少女から貰った肉まんとやらを持ってうろたえる事になろうとは思わなかっただろう。
何だ、この温かいの。
「食べないの? 美味しいよ?」
「……そうか、食べ物だったか、これは」
美味そうな匂いがするとは思ってはいたのだが。
私が人だった時にはこんなもの無かったはずだ…自信は無い。
「……そうだよ? …もう、天然というか何というか」
「天然?」
「なんでもない」
彼女は楽しそうに笑い、つられて顔が綻びる。
もっとこの時を過ごしていたいと思う。
共に食べた肉まんの温かさが、凍ったものを溶かした気がした。