沢村拓

七色雪だるま

 街灯の明かりが街を明るく照らす頃、リョウは家の前で雪だるまを眺めていた。その雪だるまはリョウが作ったものだった。厳密に言えば、リョウとシュウの二人で作ったものだ。リョウは十二歳の小学六年生、シュウは七歳で小学二年生だった。二人は雪だるまを作ることが大好きだった。雪が降ると、最初にすることは雪だるま作りだった。頭には黄色いバケツを被せ、ちょうどいい長さの枝を手にし、手袋もはかせた。大きさはおよそ一メートルといったところか。多くの家が並ぶ住宅地において、この雪だるまの存在はなかなかの存在感を放っていた。この辺りには、リョウとシュウ以外に、雪だるまを作るような子供たちはいなかった。
 十二月の初め、シュウは体調を崩してしまった。風邪をひいたようだ。それが原因となり、雪だるまの完成はだいぶ遅れた。例年通りならば、すでにできているはずなのだが、今年は十二月二十七日に完成した。それをリョウは悔やんでいた。シュウを恨む気持ちは全くといっていいほどなかった。だが、いつもならば、クリスマスには完成しているはずの雪だるまが、家の前にいなかったというのは、とても悲しいことだった。シュウも自分に責任を感じて、落ち込んだままであった。
 彼らにとっての雪だるまとは、それほど重い意味を持っていた。

 ある日曜日の午後、太陽が日本を眩しいまでに照らし、道端の雪をじわじわと溶かしていく。近所の家の大人たちは、休日のうちに雪かきを終わらせようと、汗をかきながらスコップを振るっている。
 リョウとシュウは家から飛び出した。こんな天気のいい日は外で遊びたかった。そして、二人で雪合戦をした。その後、二人で小さな雪だるまを作った。
 「これは子供!」
 シュウが叫んだ。その小さな雪だるまは十二月二十七日産の雪だるまの子供になった。それから二人はまた遊び始めた。オレンジの太陽が消えかける頃、リョウもシュウも汗だくだった。リョウはシュウに、そろそろ帰ろうぜ、といい、手招きした。二人が家に入ろうとするとき、親雪だるまが鈍い輝きを放っていた。リョウは目をこすって、もう一度見た。やはり親雪だるまはぼんやりとした緑色に光っていた。
 「シュウ、何色に見える……?」
 「……緑色に見えるよ」
 二人はそれから数分の間、ずっと立ち尽くしていた。だが、ハッと我に帰ったリョウが、そろそろ行くか、と言って、二人は家に入った。
 その日は二人ともなかなか眠れなかった。

   ―翌日―
    午前七時、兄弟は二人揃って外に出た。辺りはまだ薄暗かった。目的はただ一つ。雪だるまを見に行ったのだ。そして、雪だるまは昨日と同様に緑色だった。
 二人はそれをしっかりと確認して、また家へと駆け込んだ。二人が家に入ったときには、すでに朝食の用意がされていた。リョウとシュウは朝食を食べながら、両親に、雪だるまのことを話した。昨日見たときから今までずっと光っていることも、全て話した。
 リョウはどんな反応を示すのか、楽しみにしていた。だが、彼らの反応は驚くほど素っ気ないものだった。
 「そうか、見間違えだ。もう一度見たほうがいいぞ」父はこういった。
 シュウは猛烈な勢いで食ってかかったが、所詮子供の見間違えだ、と軽くいなされてしまう。ついにシュウは泣き出した。シュウは火のついたように泣くので、リョウは仕方なく両親を連れて、外へ行った。
 「ホラ!光っているのが見えるでしょ!」シュウは目を押さえて、そう叫んだ。リョウも同じことをいった。だが、両親は全く反応しない。
 「何が光っているの?」母は笑った。
 帰ろうとする両親を引きとめようと、シュウは必死の抵抗を試みる。その声はだんだん叫び声に変わっていった。絶叫する。近所迷惑になる。父に怒られる。いつものパターンを繰り返す。そして、さらに泣き叫ぶ。
 リョウとシュウは見捨てられたように、雪だるまの前に取り残された。両親は人目をとても気にする人たちだった。そのとき、リョウはいい事を思いついた。それをシュウにもすぐ伝えた。二人で大きく頷いて、またも家に駆け込んだ。
 二時間後、リョウは二人の友達を、シュウは三人の友達を連れてきた。リョウはそこで五人の友達に雪だるまを見せた。すると、彼らは驚愕の表情でリョウのほうを見た。リョウとシュウはその反応に満足だった。だが、一つの誤算があった。それは見えている色が違っているということだ。
 「リョウ……これ、何だ?」
 「これは俺たちが作ったやつなんだけどさ。なんか光ってるんだよ」
 「オレンジ色に光ってるぜ」
 「え?」兄弟は揃って聞き返した。
 「いや、僕には黄色に見えるけどね」
 「え?」兄弟はまたしても聞き返した。
 「お前らには何色に見えるんだよ?」リョウの友達の一人がいった。
 「緑色だけど……」リョウは戸惑った。
 「リョウ、もしかして、これって人によって見える色違うのかもしれないよ」シュウが耳元でささやいた。
 「で、俺たちは何をすればいいんだ?」シュウの友達がいう。
 「やって欲しいことは、できるだけ多くの人をここに集めてきて欲しいんだ。お前らは友達多いだろ?」
 「あぁ、よくわかんないけど、わかったぞ。光る雪だるまがある、って言ったらみんな来るよな」
 「頼んだぞ」リョウは念を押した。
 「おう、任せとけ」
そういって五人の友人は帰っていった。

  ―一週間後―
    もの凄い人の数だった。今まで見たことのないほどの人の数だ。しかも、殆どが子供。誰が見ても異様な光景だった。どの子も口々に色を言い合っている。シュウはその子たちと一緒にはしゃいでいた。リョウはこの一週間で色々なことを考えた。リョウは両親にも周りの大人にも、雪だるまの光は見えていないことから、子供たちにしか光は見えないと仮定した。だが、それは全くの見当違いだということが、はっきり照明された。ごく少数だが大人たちも混じっていたからだ。リョウに理由はわからなかったが、嬉しかった。これだけ多くの人々が集まってきてくれたという事実が。
 兄弟の両親は家の前で起きている騒ぎを見て、何事かと飛び出してきた。そして、リョウとシュウは両親に問いかけた。「どう?」と。彼らからの答えは、認めるよ、というものだった。ここにリョウとシュウの目的は達成された。人々は、こんなものが見られるなんて、と感無量の様子で帰っていった。シュウとリョウは胸が一杯だった。
 その日の晩、兄弟は大きな間違いに気がついた。父母は共に間違いを認める性格ではないことを。
 「どんな風にして、あれだけの人を集めたの?何をしてあの人たちに光っていると思わせたの?」と逆に問い詰める有様だった。
 だが、リョウとシュウの幸福感が害されることはなかった。彼らは心から喜んでいた。
 それから数時間たった後、リョウが窓を見ると、雪だるまを漆黒が包んでいた。シュウはもう寝ている。リョウは真っ黒な雪だるまを見つめた。雪だるまが親子揃って微笑んだ気がした。

 翌日の朝、親雪だるまは跡形もなく、解けてしまっていた。その横には小さな子雪だるまが残っていた。

 ※尚、この作品は加筆修正したもので本部誌と多少異なるところがあります。ご了承下さい。

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