彼女が淹れる紅茶はいつも渋すぎた。紅茶独特の色は殆ど失われて、代替品として現れるものは黒っぽい、苦い液体だった。ぼくはそれを指摘しない。彼女もそれについては何も語ろうとはしない。良好で相互的な信頼関係が築かれている、とぼくは思っていた。だが、それは真っ暗闇の中を手探りだけで歩くようなものだった。ぼくにはそれがわかっていなかったのだ。
彼女と別れて二年後の夏。ぼくは再び彼女との思い出に触れる機会があった。友人と入った喫茶店でアールグレイを頼むと、少し黒い液体がポットには入っていた。ぼくはすぐに
今は思い出としか残っていない彼女は黒っぽい紅茶を
それから数年後。ぼくは街で再び彼女に会った。それはあまりにも唐突で、不安定なものだった。荒波の上に立つロウソクのようだ。海水と暴風によって一瞬で消え去ってしまう類の弱々しい炎だった。
「久しぶりだね」と彼女はぼくにいった。目の前にいる女はぼくの覚えている人とは全く違った人物だった。長かった髪はショートヘアになり、スリムなジーンズを履きこなしている。少しだけ微笑んでいるように見えた。
「うん、久しぶりだ」。ぼくはオウム返しをするので精一杯だった。それがぼくにとっての最大限の努力なのだ。
気まずい沈黙。風の音だけがぼくらの間にはあった。彼女が口を動かした。が、またすぐに閉じた。ぼくも何かを言おうとした。だが、言葉は何一つ出てこなかった。
「それじゃあ、またね」
「うん」
彼女はぼくに手を振って、逆方向に歩き去っていった。
「それじゃあ、またね」とは彼女がぼくと別れる際に言った最後の言葉だった。ぼくはその言葉を片時も忘れたことがない。だから、ぼくにとってこの言葉は容易に使えるものではない。だが、彼女にしてみれば、もうそれは過去のことなのだ。それが彼女のモラルであり、ぼくには侵すことのできない聖域だ。ぼくは彼女の
ぼくらは狭い世界で生きているのだ。自分の目が届く範囲で日々を安全に暮らし、まずいことには目をつぶる。そんな小さく狭い世界同士を交流させるのが友情であり、恋愛でもある。だが、彼女は彼女自身の世界の中心部にぼくを入れようとはしなかった。そう、ぼくにとって彼女の
あとがき
お読み下さりありがとうございます。今回は決して手抜きではありません。
自分で完璧に納得できるわけではありませんが、これ以上の完成度は今求めることはできません。
今回のお話は実体験などではありません。ただの空想です。ほんの少しだけトッピングとして自分の考えも混ぜていますが…
突然ですが、「グレート・ギャツビイ」と「ロング・グッドバイ」は本当に素晴らしい小説だと思います。一度読む価値はあります。人生に少なからず影響を与えるものだと思います。