沢村拓

Last Christmas

町中にクリスマス・ソングが鳴り響いている。僕の町にもクリスマスがやってきたようだ。町が普段とは全く違う賑わいに包まれる。静かな商店街は色とりどりのイルミネーションで着飾り、人々には活気が満ち溢れている。が、たまに浮かない顔をして歩いている人もいた。かわいそうな人々、と僕は認識していた。まるでその人たちの顔はなくなりそうなロウソクのようだった。
僕には仕事があった。クリスマスツリーを妹にプレゼントする、ということ。それも店で売っているようなものではなく、山に生えている木をツリーとしてプレゼントするのだ。そのための難しいことは全て兄が何とかしてくれた。財産権や所有権といった、僕にはよくわからないことだ。そういうことで僕は山で木を切るだけだ。僕は出発する。
クリスマス・ソングはいつ聴いても心が弾む。兄はよくワムのLast Christmasを聴いていた。歌詞の意味も分からずにひたすらに聴いていたのだ。そのおかげで僕もすっかり耳に馴染んでしまっている。山の雪道を歩きながら、僕はLast Christmasを口ずさんでいた。辺りを見回すとクリスマスツリーになりそうな木ばかりだ。どこもかしこもクリスマス。自然のすごさを思い知った。リスが木の上を走っていた。頬袋に木の実を溜め込んで僕を見つめている。僕はその目が恐ろしかった。一瞬だが、ここにいてはいけないような気がした。人間にもう立ち入るスペースはないようだ。
数時間歩き続けてようやく、ツリーになりそうな木を見つけた。それはとても太く、立派な葉がついていた。葉の先は本当の針のように鋭かった。僕はゆっくりと根元からその木を切っていった。時折休憩を挟みながら、僕は切り続けた。切って切って切り続けた。すると周りはもう真っ暗になっている。兄には夜になる前に帰らなければ、二度帰ってこられなくなると脅されていた。だが、僕はそれを気にせずに木を大きなソリに載せて運ぼうとしていた。そして、来た道をひたすら逆方向に歩き続けた。遠くで狼の鳴き声が聞こえる。近くでふくろうが鳴いている。木から雪が落ちてきた。雪煙が舞い僕の顔に降りかかる。僕はだんだんと不安になってきた。腹部から寒気のようなものが上がってくるのがわかる。僕は焦る。そして、思う。
――道を間違えたのかもしれない。
慌てて戻ろうとするがソリの跡に潰されて、僕の足跡はなくなっていた。雪がだんだんと強く降る。僕はもうどうしようもなかった。

翌晩、とても立派なクリスマスツリーがある家に飾られていた。近くには大きなソリが置いてある。そこに僕は静かに眠っていた。決して死んでいるのではない。僕は妹のために最高のクリスマスツリーを飾りたかっただけなのだ。

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