獄華蓮

漆黒

 俺が少しばかり苦手で、弟の大好きな漆黒の髪を持っていて、誰もが少し不思議がる存在である彼女はある日の朝のHRの時間に立ちあがり、こう述べた。
 「私は今、某社から出版されている文庫本の帯についている応募券を集めている。この応募券は直径約一センチメートルの円形をしていて、一冊につき一枚ついている。色は浅葱色に近く、応募券内に書いている文字の色は黒。しかし所々、緋色の文字もある。そしてこの応募券を特定の枚数集め、書店にて無料で貰える応募用紙に貼り、某年某月某日までに某社に送付する。すると応募する際に記載した住所に商品が届くのだ。そこで諸君に頼みがある。」
 彼女はここまで一気に喋り終えた。そしてここで一息つくと、自慢の漆黒の長い髪を揺らし、床に置いてあった自分自身の紺碧の鞄に手を入れた。そこから自分の橙色のバインダーを取り出した。そして銀色のバインダーの金具を細い指で外し、一冊の薄いパンフレットを取り出した。そしてそのパンフレットを、なるべく多くの人に見えるように開き、また口を開き始めた。
 「私はここに載っている写真のテディベアがほしい。しかしこのテディベアを手に入れるためには、三十枚の応募券を必要とする。実のところ、私は読書が苦手だ。そんな私が三十冊も本を購入したところで読める訳もない。勿論、私は購入した本はすべて読破する主義だ。そこで先ほどの話に戻る。諸君への頼みとは、応募券を集めてもらいたいのだ。是非とも一人一枚! このクラスには四十人いるから、全員が協力してくれれば余裕で三十枚集まるであろう。出来れば今月末までに頼む。」
 と、そこまで話し終えると彼女は座った。相変わらず、漆黒の長い髪を揺らしながら。
 勿論クラス内は無音、誰も口を開かなければ微動だにせずにまだ、先ほど座った彼女を見ていた。こういう状態にした張本人である彼女は平然と椅子に座って先ほどのパンフレットに目を落としていた。そしてこの無音状態に幕を下ろしたのは担任だった。担任は動揺しながらもいつも通り円滑にHRを終わらせようと動き出した。担任がそう行動しているにも関わらず、俺は横目で優雅に椅子に腰かけている彼女を見ていた。

 「で、さっきのアレはなんなんだ。お前がテディベアに興味があるなんてな……。テディベアなんかより、ブックカバーとかの方がいいんじゃないのか? 実用的だしさ、お前テディベアってキャラじゃないだろ。」
 HRも終わり、帰宅部や部活のない生徒たちが帰るためざわめいている廊下で、俺は漆黒の長い髪を揺らして歩いている彼女に声をかけた。彼女もその一人で、帰宅部であった。勿論、俺も。彼女は漆黒の長い髪を揺らしながらこちらを振り向いた。そして声の主は俺だと確認するとすぐにまた前を向き歩き出した。俺はその横まで大股で移動して、彼女の歩幅に合わせて、彼女の隣を歩きだした。
 「あれは私がほしい訳ではない。この前、母の友人がその息子と共に私の家に来たんだ。その息子は五歳なんだが、その息子がこのパンフレットを見てテディベアがほしいと言ったんだよ。最初は私がブックカバーがほしくて応募券を集めようと思っていたんだが、その息子がどうしてもほしいらしいみたいだからな。応募券、集めてテディベアに応募しようと思ったんだ。まぁ実際問題、クラスの人々が全員、集めてくれるとは思っていないからな。これから某書店へ行こうと思っている。まあ、調子に乗ってあまり買いすぎたところで読めないけどな。」
 彼女は肩を竦めて言った。理由を聞いた俺は平然を保ち彼女の隣を歩いているが、結構内心驚いている。華奢な体と漆黒の長い髪を持つ外見、男らしい口調で男らしい性格である中身、彼女は外見と中身が全くそぐわなかった。しかし今、初めて一致したと思った、外見と中身が。ほんの少しだけれど。
 そこで俺は、自分は自分の外見にそぐわない行動をしてみようかと思い、口を開いた。
 「俺実は、某雑誌の懸賞に当たってさ、図書カード五千円分あるんだけど使い道ないんだよなあ。お前これから某書店行くんだろ? 俺も同行していいか、実は最近、読書に興味あって本買おうかと思ってるんだ。やっぱり手軽に文庫本を買おうと思うんだが……。」
 すると彼女は目を見開いてこっちを見た。そして笑顔で「同行願おう。」と言った。
 俺はどこの被疑者だ、なんて思ったことも、五千円分の図書カードをすべて某社の文庫本につぎ込んだことも、購入した文庫本のあまりの多さにもう本自体を見たくないと思ったことも、容易に予想できるだろう。
 しかしすべては、テディベアを手に入れるため。彼女の美しい漆黒の長い髪と同じ色の瞳を持つテディベアのためなら容易い気がした。
 それにどうせ、最後は俺の家に来るんだろうしな、漆黒の瞳を持つテディベアは。

                           Fin

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