常陸

リセット

「夢を見た」
「……いきなり何?」
 今は休み時間。移動教室はないのでいたる所に集団が出来ており、それぞれ雑談に花を咲かせていた。
どの集団にも属さない僕たちは自然とこうして話す事が多かった。
だからといって唐突に話されることはあまり無いのだが。
「何の夢? ホラー?」
「さぁな。人によってはホラーか?」
 そう言って彼は喉で笑った。
「話して」
彼は夢の内容を思い出そうとしているのか僅かに目を細めた。

 俺は神殿のような所に一人で立っている。その神殿は廃墟のようで、足元には足首くらいまで水がたまっていた。
少し歩くと直ぐそこには下に続く階段があるのだが、それは全てが水に沈んでしまっている。
普通、無理に下に行こうとはしないが、
何故か夢の中の俺は下に行かなければならない気がして潜っていく。
夢といっても皮膚に感じる水の感覚は現実味を帯びていて、息も徐々に苦しくなる。
とうとう俺は耐えられなくなり、口の中に溜めていた空気を全て吐き出してしまう。
これは夢のはずなのだが、夢の中の俺は正にその通りで、酸素を求めて呼吸をしてしまう。だが肺の中に入ってくるのは酸素ではなく水。肺に侵入してくる水もまた現実味を帯びていた。
その時俺が最後に見た光景は、上空から差し込む光と、俺の口から吐き出された気泡。
それが妙に網膜に焼き付いて離れない。そして視界は全て闇一色になり、次に目が覚めると俺は一番最初に居た、神殿のような所にいる。
溺れた時の記憶はしっかりと残っているのにだ。
水の中に入ったはずなのに服はどこも濡れておらず、髪もまた然り。
先ほどと同じようにして暫く歩くと、同じ所に下に続く階段が存在している。
水に沈んでしまっている、階段がな。その水の水面には何も波紋が無く静かだった。
また同じようにして俺は潜って行くのだが、同じ所でまた溺れる。同じ光景を見る。
それが幾度か繰り返されて漸く俺は目が覚めた。

「これが俺が見た夢」
「確かに人によってはホラーな話だね」
 僕も少しばかり恐くなってしまった。
「何か、リセットみたいだ」
「リセット?」
「うん。リセットボタン」
 話を聞いていて恐いと思ったのと、ゲームみたいだと思った。
自分に記憶があるのに身体に何も起きてはいない。
まるで、ゲームのリセットボタンを押すようだと思う。リセットボタンを押せば戻ってやり直せる。操作している人間には記憶がある。
彼は夢の中で同時に両方のことを体験したのだと思う。
……感覚が現実味を帯びていたのはいただけないが。
「また、見たい?」
 僕が聞いたのと同時に始業の鐘が鳴り、教師が入ってきてしまった。
答えは聞けなかったが、彼ならきっと……。

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