常陸

下らない物体

 僕らは受験生で、今は大事な時期。部活を引退して皆机にかじりついている。
終始緊張感が漂うこの教室に耐えられなくなり屋上に来たのが今。
「すっげー解放感」
 教室とは違う空気。昼休みだというのに誰も居ない。
受験生である三年生が居ないのは解るが他の学年までいないのは珍しい事だ。
落下防止の金網越しに校庭を見ると疎らだが人が遊んでいるのが見える。
受験生である僕にとっては羨ましい限りである。
「……おい」
 不意に後ろから掛けられた声に驚いて慌てて後ろを向いたら、足が縺れた。
金網にぶつかった。
「痛い……」
実はそれほど痛くはなかったが、条件的に声が出てしまう。
「……何してんだよ」
 先程の声はクラスメート兼親友。
「ぶつかった。金網に」
「見れば解る……」
 呆れ顔の親友を尻目に僕はポケットに常備しているあるものを取り出す。
「何だ、それ」
 当然のごとく興味を示す親友。
簡単に教えたくない僕は手の平サイズであるそれを手の内に隠す。
「何だと思う?」
「下らない物体」
「ひどい!」
 何時もみたいに軽口をたたいて笑う。こういう何気ない事で笑い合えるっていいことだと思う。そして受験生であることを忘れることもできるから。
 取りあえず手に持っていたものを親友に投げつける。
「……何だ?」
「君曰く、下らない物体」
僕が持っていたものは一見して何か解らないもの。
桃色の包装紙に包まれ、中身は焦げ茶と緑のマーブル模様。
一応食べ物だと言う旨を伝えるとあろうことか彼はそれを口に含んでしまった。
「……何だよ、これ」
「よく食べたね、それ。僕は直ぐ断念したけど」
 親友の顔は見るからに蒼く、少し震えていた。
 昨日発売されたという新商品、緑茶と麦茶が合わさったチョコ。僕は新商品のチェックは欠かさない。そして気に入ったものはこの親友にあげるために常備している。
何時ものことなのに親友は疑うことをしないのか毎回食べてくれる。
それを見るのが楽しくて僕も毎回彼に新商品をあげている訳で。
 震えが収まったのか、彼は僕に一つのペットボトルを寄越してきた。
ラベルには烏龍茶の表記。ふたは簡単に開いた。
僕はこれを飲んでもよい了承を得ると一口それを含んだ。途端に吐き気が込み上げてきた。
ペットボトルの底には見覚えのある茶と緑の溶けかけた物体。
「仕返しだ」
そう言って彼は楽しそうに笑った。僕は悔しくて苦笑いを返すので精一杯だった。

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