叉凪

赤シャツの先輩

 丁度そのとき、授業の終了を告げるチャイムが鳴った。思わず肩を震わせた悠輔とは違い、赤シャツ先輩起きあがるどころか動く気配すらない。
「先輩、鳴りましたよ。」
「…ん。気をつけて戻れよ。」
「…はい。」
赤シャツ先輩からの返事がなんだかこの場から追い出されているような気がして、悠輔は急ぎ足で非常階段があるほうへと急いだ。
「たまには遊びに来いよー、1年坊主。」
「…俺は2年です。」
 最後に交わされた会話は、お互い顔を見ていなかった。



 悠輔は教室に戻ると騒がしい友人からの質問攻めにあった。もともと優等生であった悠輔が保健室に行くことなどない。ましてや平然とした顔で戻ってきた悠輔を、騒がしい友人が見逃すはずがなかった。悠輔は授業をサボっていたこと、変な赤シャツの先輩に会ったことなどを話した。場所が屋上であることを除いて。

 友人の1人が少しの間考えるような仕草をしたあと、まさかといった感じで訊ねてきた。
「もしかしてその先輩って、柚木先輩?」
「知っているのか?」
友人があの人を知っていることに対して疑問は感じなかった。赤シャツを着ている生徒なんて、この高校には1人しかいないだろう。
噂好きのこの友人が知らないはずはない。だがこの後の話は予想外だった。
「この学校で柚木先輩を知らない奴は少ないさ。なんたってうちのカリスマ的存在だもんな。」
「あの人が、なんだって?」
「うち、日羽高のカリスマ! 有名だよ。学年1位で人が良くて、先生受けも悪くないけど赤シャツ着てて。第一カッコイイしな!」
「学年1位? あの人が?」
 はっきり言って信じられなかった。あの鍵がかかって入れないはずの屋上に危険侵入してまで空を見てて、マイペースの5文字で構成されてそうな赤シャツ先輩が学年1位!?
「え…別人じゃなく?」
「この学校で赤シャツ着てるのは柚木先輩くらいだよ。間違えるはずないって。大体柚木先輩以外がやっても、教師から目つけられるだけだろ? だれもやらないって。」
「でもっあのマイペースの塊の人が? カッコイイって間違ってるだろ!」
「はぁ? あの人がマイペース? …まぁ確かにそうかもだけど、あの人を惹きつける性格とカリスマ性はカッコイイとしか言い様がないだろ。」
悠輔は呆然としていた。もう何が何だかわからない。
「ってかさ、先輩とどこで会ったんだよ?」
友人の声も耳に入らなかった。



 再び屋上を訪れたのは、あれから2週間後だった。あの後教師からこってり怒られて、授業をサボることも屋上に来ることも出来なかった。やっと来れた日にはもうあの人はいないかも、とやけに心配になってしまう。別にあの人に会いにきたわけでもないのに、だ。

 辿り着いた屋上にはやはり彼がいた。しかし今日は他にもいて、その異様さに思わず来た道を戻ろうかと考えてしまう。その前に顔を上げた赤シャツ先輩に見つかってしまう。
「おーい、1年坊主! 久しぶりだなー。」
「2年ですって。……それなんですか?」
「ん? 俺の猫」
 可愛いだろーと持ち上げたトラ猫をこちらに見せて笑う。確かに可愛い。可愛いんだが……。
「一体何匹連れてきたんですか!?」
「さっき拾ったのも合わせて4匹」
「ここ学校ですって!」
「ほら、めだかにも学校があるだろ。」
 わけがわからない。自分が必死に保っている学年1位という位置を、この赤シャツの脳天気は猫と遊びながらキープしてる。そんな事実を目の当たりにしてしまって、悠輔は深い深い溜息を吐いた。


「先輩…めだかの学校は川の中ですよ。」
「猫は哺乳類だから、ここでいいんじゃねぇ?」

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