叉凪

赤シャツの先輩

 悠輔は授業開始のチャイムを背に非常階段を上った。校舎に外付けされているこの非常階段が実は屋上に行ける裏道だなんてことは、たまたまこの前見つけただけだった。使うのは今日が初めて。授業をサボって屋上で昼寝なんて、高校生活1年間を過ごしていて初めての経験だ。

 螺旋状の非常階段を3階まで上り、低いフェンスに足を掛けて乗り越える。校舎に意味もなくついている突起に足を掛け、器用に屋上に上がり込む。良かったのは頭だけではなかったと再確認できた。
「よ…っと。」
悠輔は勢いをつけて塀を乗り越えると、屋上に降り立った。思いの外気分がいいこのサボりという行為。今日からここが自分の場所だ、と顔を上げた。
「おっ。お前、1年坊主か?」
「……」
 顔を上げた悠輔の前に、制服の黒い学ランの前を全開にして中に赤いシャツを着た男子が笑っていた。悠輔は思わず驚きのあまり目を見開いた。誰もいないと思っていた屋上に人がいたことにも驚きだが、何よりも彼の着ていた赤いシャツに目がいった。
「(今時、赤シャツ……)」
市販で売られている白いYシャツではなく、一体どこで買ってきたんだかわからない赤シャツ。悠輔が思い出す限り、この近辺の制服を取り扱う店では売っていないはずだ。
「なんだ? お前もサボりか、1年坊主。」
「俺は2年です。」
 とりあえず誤解は解いておこうと口を開く。すると何が嬉しいのか、赤シャツの男はそうかそうかとカラカラ笑うと自分の隣を手で叩いた。――――座れということだろうか――――悠輔は渋々男に近付くと、1人分は十分に間を空けて座った。
「俺は柚木拓哉。ちなみに3年な。お前は?」
「……木村悠輔です。」
「悠輔かー。あっ、俺のことは好きに呼んでいいぜ。」
「はぁ…」
 赤シャツの男は柚木というらしい。悠輔は半ばこの場から去りたい心情に駆られながらも必死に耐えた。相手は恐らく3年生、後輩としてはここで失礼にも逃げることはできない。特に悠輔の頭の中で赤シャツ=不良のイメージが、逃げるという選択肢を失わせていた。
赤シャツ先輩はさっきとはうってかわって何も言わず、手を後ろについて空を見上げていた。悠輔は居た堪れなくなって恐る恐る声を掛けた。
「あの…先輩はここで何してるんですか?」
「俺? 俺は空を見てるんだ。」
 そんなこと見れば解ります。
思わず口から出そうになった言葉を慌てて飲み込み、ちらりと横を見た。赤シャツ先輩は空から目を離すことなく、その表情にマイペースの文字が書いてあるような気がして、悠輔は思わず頭を抱えた。
「お前はサボりか? そしたらここが最高だよなー。」
「確かに昼寝にはいい場所ですよね。」
「太陽は気持ちーし、お日様は気持ちーしな。」
「同じこといってますよ。」
「気のせいだぜー。」
 悠輔は呆れてしまった。段々この赤シャツ先輩のペースに乗せられてきているのか、最初の思いはもうしなかった。というかどうでもよくなった。悠輔は小さく溜息を吐くと、少し暖かいコンクリートに寝転がった。
「おっ! それ一番気持ちいい体勢なんだぜ!」
「寝るのはどこでも1番楽な体勢ですよ。」
「でもここで寝るのは格別なんだぜ。風が気持ちいんだぜ。」
「そういえば…」
 ふと気がついて目を閉じると、冷たすぎない風が鼻をくすぐった。
これから暑くなる季節、これだけ風が涼しければクーラーなど必要ないだろう。悠輔は段々眠くなる意識を保とうと、目を強く擦った。
 すると隣から先程よりも静かな声が聞こえてきた。
「疲れてるときは寝るのが1番だぜ。辛くなったら、ここで寝ちまえばいい。」
悠輔はハッとなった。慌てて上体を起こして隣を見ると、こちらに背を向けて横になっている先輩の背中が見えた。なぜだか心の中が読まれたような気がして、悠輔は思わず泣きそうになった。

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