叉凪

無題

 少女と雑木林を進んでどれくらい経ったか。辺りは暗い闇と木々のみで、一歳の音が聞こえない。懐中電灯の灯りだけが頼りだ。神社を離れてからまるで別の世界に迷い込んだ感覚に、よからぬ想像が頭を過ぎる。例えばあの神社の狛犬が―――――。
 この無表情な少女と会話が弾むはずもなく、気まずい沈黙が続く。
一向に先が見えてこない暗闇に、自分は本当に前に進んでいるのかもわからなくなる。繋いだ少女の手が温かいことが何より幸いだ。
もし少女が低体温とかで冷たかったりしたら……。考えただけでぞっとする。
「…あ、あれ?」
 突然目の前の懐中電灯の灯りが不規則に弱まったかと重うと、ぱっと一歳の光も残さず消えてしまった。あまりに突然なことに驚き、持っていたそれを360度回して見てみたり振ったりしてみる。しかしそれで電気が回復するはずもなく、懐中電灯はまったく反応を返さない。
困ったなーと呟きながら頭をかきながら辺りを見渡す。懐中電灯の光がないだけで、周りの木ですらはっきり見えない。足下を見ても自分の靴がうっすら見えるだけで、何を踏んでいるのか、葉っぱの色も判別できない。

 途方に暮れてしまい真面目に考え込もうとしたとき、ふと隣の少女が握っていた手を強く握り返した。
「ん、なんだ?」
「お兄さん、きれいな指輪だね」
「あぁ、これね…」
彼女に選んでもらったと言うのはすこし躊躇われて、カッコイイだろとだけ言っておく。少女は先程とは打って変わって笑顔でカッコイイねと返してくる。少女の急変に少し首をかしげたが、子供らしく喋ってくれるのは結構なことだ。
 次に少女は俺のネックレスに目を向けて、にっこり笑って無邪気に話す。
「カッコイイね、それ」
「あぁ、サンキュ」
「ユウも好きなの、そういうの」
そこで初めて話題に上った“ユウ”が少し気になった。先程からあちこち捜してはいるものの、一向に見つかる気配がない。こっちにいると言ったのだからいるのだろうと安易に考えてしまったが、もしかしたら祭りの会場にいるのかもしれない。
 一度思いついてしまえば、そうだろうと考える。大体こんな暗い場所にいつまでも子供一人でいるはずがない。自分の中で自己完結してしまえばそれっきり。
「あのさ、」
「ユウ」
「え?」
一度戻ってみようかと言おうとした言葉が遮られ、少女が暗闇の一点を見つめて言葉を発した。突然で呆けた声が出たのも気にせず、少女の顔は遠い森の中を見つめたまま動かない。その視線の先を見ても人の影はなく、ただ暗闇が広がっているだけだ。
「ミキ、ちゃん?」
 心配になって声をかけると、少女はゆっくりと振り返った。そしてにっこり笑うと目の前を踊るようにクルクル回り出す。
「お兄ちゃん、今日は遊んでくれてありがとう」
「…?」
「ユウが来たから。ばいばい」
 そういって駆け出した少女を引き止める理由もなく、半ば呆然としたままその小さな背を見送った。別になんてことはない。迷子の女の子を兄の元へ送っただけだ。途中に何があったわけでもないのに、何だか不思議な時間だった。



 そのあと元来た道を戻るのに数分もかからなかった。来たときは数十分にも感じたのに、気のせいだったのか。とにかく不思議な時間だった。
「先輩! どこ行ってたんですか!」
「あぁ…悪い」
 神社に戻ってみると俺を捜しに来た後輩がうろうろしているのに出くわした。話によるとかれこれ1時間経っているらしい。
心配しているのか怒っているのかよくわかんない態度の後輩を適当に流し、先程のことを思い出す。なんとなく手元にあった懐中電灯をいじっていると、カチッと音を立てて灯りがついた。
「あれ?」
「どうしたんですか?」
「いや…」
 さっきまでつかなかったものが急につく。ふと聞こえた小さな笑い声に振り返ると、最初と変わらず置いてある二体の狛犬。
何も変わらない。
「先輩―――」
「…今行く!」
先に石段を下りていく後輩に大声で返し、つくようになった懐中電灯で足元を照らして後を追った。


『また遊んでね。お兄ちゃん』

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