シロ

3丁目カフェ

 学校からの帰り道。終点でバスを降り、乗り換えるバス停とは反対の道へと足を向ける。広いバス通りを抜け小道に入り、さらに奥まった建物の間に隠れるようにひっそりとあるカフェ。私のお気に入り。
 レトロな雰囲気を出している木製のドアの上には小さすぎないベルが光っていた。このドア開かれるとカランコロンと可愛らしい響きを奏でることを私は知っている。このドアは別にレトロな仕様などではなく、ここの店主の性格ゆえのものであるということも。
 首元より少し下げられたリボンを無造作に掴んで左右に軽く振る。走ったせいで少し歪んだ身なりを整えて、はやる気持ちを抑えて扉に手を掛けた。カランコロン、レトロな音がする。
「いらっしゃい。」
「こんにちは、おにいさん。」
「なんだよ、嬢ちゃんか。」
開けたドアから顔だけ出して笑顔を向けると、カウンターの中から声をかけてきた二十代前半のまだ若い青年が嫌そうに顔をしかめた。それからすぐに手元に視線を戻してしまう。おそらくコーヒーを淹れていたのだろう。
 私がこの見せに通い始めてもう一ヶ月。2、3日に一回は来ている。最初の頃は客として敬語で話していたおにいさんは一週間も経つとその本性を見せた。
「俺、敬語苦手なんだよな。」
コーヒー片手に面倒くさそうにそういったおにいさん。たまたま見つけたカフェオレが美味しいこの店に通うようになったのは、このおにいさんの性格が気に入っているから。面倒くさがりで大雑把、口が悪い。でも人情に溢れた包容力のある人。

 私は店に入るといつものカウンター席に座った。おにいさんがコーヒーを淹れる目の前でその完成を待つ。おにいさんは私にちらりとだけ目を向け、その後は何もなかったように目の前のコーヒーに集中してしまった。でも私は知っている。それはコーヒーではなくカフェオレになってしまうことを。
「今日は少し甘さ控えめがいいな。」
「何だ、ダイエットでも始めたのか?」
「別にそんなんじゃないよ」
意地悪そうにニヤニヤと笑うおにいさんを軽く睨みつけ、目の前のメニュー表を手に取った。手に収まってしまいそうなサイズのプレートに書かれているのはコーヒー、それに紅茶。
あとはマフィンやカップケーキなど。そこにカフェオレの文字はない。
「いつも思っていたけどカフェオレって私専用だよね。」
さっきの仕返しでにっこりと笑って言ってやる。
「牛乳の賞味期限が切れそうなんだよ。」
お前のお陰で捨てずにすみそうだ、などと余裕の表情で返された。可愛くない。

 ここに来ても普段は大した会話もせず、出されたカフェオレを飲んでおにいさんを見て帰る、それだけ。学校帰りに寄り道という響きがカッコイイ、なんてベタだろうか。
「ほら。」
目の前に出されたのは取っ手の付いていないビールジョッキのようなグラス。両手で包み込むと冷たい。中を覗き込むとこげ茶色の液体の上に大きなバニラアイスがのっていた。
「これ、何。」
「アイスカフェオレ。」
「私の白いマグカップは?」
「あれはホット専用。」
他にも指摘するところは色々ありすぎて言葉にならずに溜息になって零れた。甘さ控えめを頼んだはずなのにアイスがのっていたり、普段はホットなのにアイスだったり。考えていると段々悪いのはこのバニラアイスな気がしてきて、私はグラスの中のアイスを睨んだ。
「ま、たまにはこういうのもいいだろ。」
そう言いながら乱暴な手付きで私の頭を掻き混ぜて、おにいさんは笑った。私は今日急いできた理由を思い出し、なんだか少し泣きそうになった。

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