時計塔

プロローグ

『皆様、お集まり下さい!お知らせがございますよ!』
――うるさい。
この街の町長のバカデカい声と大勢の住人たちの騒ぎ声によって、ただ浅い眠りについていただけ僕の目は簡単に覚めてしまった。
雪が静かに舞い落ちる、十一月末の寒い朝。(厚い雪雲の所為で朝とは思えないほど暗いが。人通りの多さからして朝だろう。)
建物と建物の間にある細長い隙間――その一番奥で僕はボロ布に包まっていた。
その細長い空間から見えるこの街の噴水広場(噴水は作ったときに噴き出し口に釘か何かを詰まらせたらしい、水の出方が途切れ途切れになっている)――そこは街の町長を取り囲んだ住人たちでいっぱいだった。
その住人たちの中心にいる町長が今度は先程よりも小さな声で何かを話している。
話が少しばかり気になったが、聞いて何か得になるという訳でもないだろう。
僕はそこに座り込み、噴水の周りに出来た人だかりを見つめるだけにした。

それから少し経つと、目の前の路地を数人が嬉しそうに駆け抜けて行った。

だが話の内容がわかってしまうと、僕はつまらないことを聞いたと思い溜息を吐いた。

そして二度寝をしようとして目を閉じかけた。
丁度その時。
目の前の路地を豪華な馬車が通りすぎようとしていた。
その馬車の中にいた誰かの目が一瞬、建物同士の狭い隙間の奥で丸まっている僕の目を捉えた。
……気がした。
すでに馬車は視界から消え去っていた。

それから数時間後、
僕は再び溜息を吐いてゆっくりと立ち上がり、通路の先の噴水広場の様子を伺った。
――もうすぐ昼になる。
昼になると、朝よりも更に人通りが多くなる。
人目に付き易くなるのはもちろん嫌だが、それよりもっと嫌なことに、昼になるとこの隙間を作っている右の建物に住んでいる夫婦が起き出すのだ。
この妻の方は、裏口の窓から僕を見つけたかと思うと白い眼で睨みつけ、ありったけの生ごみを隙間にばら撒いてくる。
夫の方はというと、突然家から出てきたかと思うと、思いつく全ての悪態と罵声を浴びせてくる。
とにかく最悪だ。
だが他の隙間へ行くと、住民たちが僕を見る度に悲運の塊を見ているかのような顔をしてくるのだ。(挙句の果てには泣き出す人もいる。)
だから僕はこのぐらいの時間帯になるといつもここから離れ、街のゴミを漁りに行く。
そして暗くなったらまた隙間に戻っていく。
毎日それの繰り返しだ。
今まではそれでなんとかやり過ごしてきた。だが今年の冬は例年にも増して厳しいらしい。
おそらく来年の春がくる頃、ここには可哀想な少年の残骸が横たわっていることだろう。
そう自身の行く末を思ってはいながらも、今の生活を改善する術が見つからない。
――否、改善する気がないと言った方が正しいのだろう。
今の生活が少しばかり良くなったとしても、特にするべきことも、やりたいことも無いのだから。

http://bungeiclub.nomaki.jp/
design by {neut}