時計塔

プロローグ

靴を履いて、踏むたびにぎしぎしと軋む階段を下りていくと、そこにはカウンターやテーブルを拭きながらせっせと開店の準備をしている女性――コパン・ティーク夫人の姿があった。
所々縫い目のついたグレーの地味なドレスの上に、二つのポケットがついた色あせた緑のエプロンをつけていた。
「ママ、おはよ!」
僕の腕の中で、アンが片手を揚げて元気な声で挨拶をした。
テーブル拭きに集中していた夫人が僕らに気付いて、ふとこちらをむいた。

「あらっ、アン。おはよう!随分早いのね?」
「えへへっ、一番乗りだよ!」
まだ褒められてもいないのに、アンは嬉しそうに笑って照れていた。
「おはようございます。」
カウンターの椅子に座りアンを膝の上に乗せて、僕も夫人に挨拶をした。
すると、夫人はそういって少し申し訳なさそうに微笑んできた。
「おはよう、レニア。…いつもごめんなさいね?」
夫人の前髪が揺れた。
まだ三十歳になって日が浅いというのに、辛労の所為かティーク夫人の綺麗なこげ茶色の髪には、もう所々白髪が目立っていた。
ここ家にいる子供たちは皆、このティーク夫人に育てられてきた。
――たけど、僕だけはちょっと違う。
「当然のことをしているだけですよ。」
本来なら僕も、そこらへんの路地裏に普通にいる、いつのたれ死んでもおかしくないような孤児だった。
それから二階ですやすやと寝息をたてている子供たちと同じく、このティーク夫人に拾われた。
夫人は何もしなくていいと言っていたけれど、それではさすがに僕の良心が痛んだので子供の面倒や店の手伝いをする代わりに、寝床と食料を提供してもらう形にしてもらうことにしたんだ。
「…ありがとうね。」
夫人はそう言って、エプロンについているポケットの片方から、小さな眼鏡をとりだして、アンの耳にかけた。
本来なら寝る場所の近くに置くものだけれど、あの部屋には眼鏡というデリケートなものを置けるほどの安全地帯がないので、アンは毎回寝る前に夫人に預かってもらっているんだ。

「さっきから、一体どうしたのかしら?」
店の窓から噴水広場を見ると、人だかりの中でまだ町長が何かを叫んでいる。
「さぁ…、」
話の内容までは細かく聞き取れない、だけど窓や扉が固くしっかりと閉められているにも関わらず、まだ声が店の中に届くあたり、町長は相当デカい声で叫んでいるのだろう。朝っぱらから本当にお疲れ様だ。
「ちょっと外へ出て聞いてくるわね。」
夫人が店の扉を開け、小走りで噴水広場の人だかりへと向かっていく姿を、僕らはただ静かに見守っていた。

まさかこのあと、ティーク夫人が町長から聞きだしてくるある話によって、僕らの人生が大きく狂わされることも思いもよらずに――…。

あとがき こんにちは、時計塔です!
今まであとがきを書くということはしていなかったのですが、今回に限ってどうしても伝えておきたかったことがあったのでここに書かせていただきます。

まず、もし前回の作品を読んで、内容を覚えていてくださった方は今回の作品を読んで「あれっ?」っとなったんじゃないでしょうか?
前回の作品と題名が一緒で、主人公の名前も一緒、だけど内容が少し変わってる…。そうなると普通なら「はっ?」ってなりますよね(笑)
これには色々訳があるんです。
実は前回の作品を投稿し終わった後、その作品を連載シリーズにしようと思い至ったんです。
それで私なりに物語の展開やエンディングやらを色々想像して、頭の中で一通り構想をまとめたのはよかったのですが…。
前回出してしまった作品「プロローグ」には、書けなかった部分、まだ書いてはいけなかった部分があったりして、私の想像したエンディングには辿りつけないことが発覚したんです。
それで、今回大部分内容を変えた形で再度「プロローグ」を投稿させていただこうと思い、現在に至ります。
言ってしまえば、今作の題名は「プロローグ」ではなく「プロローグ・改」の方が正しいのかもしれません。
あともう1つ訳を話しますと、今回「新入生歓迎号」ということで、新1年生の読者も現れてくれるかもしれない、その人たちにもこの物語の内容がわかりやすいように、一年生の高校生活と共にこの物語をスタートさせた方がいいと考えたからです。
まだまだ文を書くことに手馴れてない私ですが、できる限りこの物語を面白くしていきたいと思っています。読むつもりでいてくださる方は、どうか末永くお付き合いください。

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