時計塔

プロローグ

『皆様、お集まり下さい!お知らせがございますよ!』

雪が静かに舞い落ちる、十一月末のある日。
どこからか突如聞こえたその声に、僕はやむなく目を覚ますことになった。

僕は布団も何も敷かずに、木でできたこげ茶色の床の上にそのまま仰向けの状態で横たわっていた。
天井が見える。昔はさぞ白く美しかっただろう…しかし、煤や窓から差し込む日光の所為で、今は昔の面影を覗くこともできないほど汚れてしまっている。

右に首を曲げると、僕の目の前にスースーと寝息を立てて眠る、見覚えのあるこげ茶色の髪をした幼い少女の顔が現れた。
逆に左に首を曲げてみた。すると今度は大口を開けて涎を垂らしている、右にいる少女よりも少し幼い栗色の髪の少年の寝顔があった。…やっぱりこちらも見覚えがある。
首を左に向けたことによって、壁にある窓がみえた。
少し開いている、どうやら声はそこから聞こえてきたらしい。
――(寒いじゃないか…誰だ、開けたの。)
起き上がってくしゃみをしてからもう一度左右前後を見てみると、十五畳ある部屋の床一面が、毛布に包まれた子供たちで埋め尽くされている様子が見えた。
皆お互いに寝返りをうちながら、抱き合ったり顔を蹴り飛ばしあったりしている。
僕は、ここでようやく現状を把握した。
ここは、僕のこの町で唯一の知り合いであるコパン・ティークという夫人が経営しているカフェ、『カモミール』の2階の住まいの一室だ。
どうやら、子供に添い寝をしてあやしているうちに一緒に眠ってしまったらしい。
壁に掛かっている時計をみると、針は六時四十分を指していた。
空に厚い雪雲がかかっている所為で、窓から差してくる日差しは少なく、部屋の中は薄暗いがきっと朝なのだろう。

立ち上がって、約十畳分先にある扉から部屋を出るために歩こうとしたら、急に何かに右足首を掴まれた。
すぐに下を見なくても、その正体がわかった――僕の隣で寝ていた少女だ。
僕は、丸くなりながら右足首を掴んでいるその少女の前にしゃがんで、その柔らかいこげ茶色の髪を優しく撫でた。

「おはよう、アン。」
「ぅ…おはよう。」

今僕の目の前で欠伸をしている少女・アンは、この部屋一面を占領している子供たちの中で唯一の、ティーク夫人の実の子だ。
逆に言えば、アン以外の子供たちはティーク夫人の実の子供ではない。皆、ティーク夫人に拾われて、ここでアンと一緒に育てられた。
「まだ眠っていてもいいんだよ?」
僕はまだ頭を撫でながら、優しく聞いた。
「…ううん、起きる。下に行く。」
アンは首を小さく横に振りながら、眠い目を擦りながら足首を掴みっぱなしだった手を離した。
「わかったよ。…よっこら――べぇっくしゅっ!」
アンを抱えて立ち上がった瞬間、窓から拭きぬけた冷たい風によって僕は盛大にくしゃみをしてしまった。
「…大丈夫?」
「うん、なんとか。」
他の子供たちが風邪をひかないように、アンを抱えながら窓のところへと行った。
閉めようと思って取手に手をかけたついでに、町の様子を軽く眺めた。
ちょうど2階の窓のすぐ下には、この街の噴水広場がある(噴水は作ったときに噴き出し口に釘か何かを詰まらせたらしい水の出方が途切れ途切れになっている)――そこは町の町長を取り囲んだ住人たちでいっぱいだった。口々に何かを呟いている。なにやら騒がしい。
「なぁに、あれ…どうしたの?」
「…わからない。」
一緒に下を覗いて少し目を丸くして呟いたアンに対して僕は静かに首を横にふり、そしてゆっくりと窓を閉めた。
それからアンを両手で抱えながら、ぐっすりと眠っている子供たちを起こさないように、そして踏まないように細心の注意を払いながら約十畳分先に部屋の扉へ進んだ。

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