獄華蓮

Monochrome

 「……キース、あんたの言った通りさ。この子は色覚異常。色盲さ。その上、全色盲だ。」
 ただでさえ物が多いと言うのに片付いていない、そんな部屋でドクターとイアが向かい合って座り、俺はイアの横、キースはドクターの横に立った状態だった。ドクターがイアの目を診察し、そう述べた。キースはすべて理解をしたようで、顎に手を当てて何か考えていたが、俺とイアは何もわかっていなかった。ましてやイアなんて、自分の話をされているのに何を言われているのか理解出来ないのだ。俺はひっそりと、酷なものだな、と思った。
 うーん、と明らかにキースとは考えていることの違う俺とイアを見たドクターは溜息をついて説明を始めた。
 「わかってないね、お前たち二人は。全く、面倒なこった……。色覚異常ってのはわかるね。全色盲ってのは、すべての色の判別が難しいってことさ。いわば白黒に見えるってことだね。」
 ドクターは面倒だ、と言って色覚異常の説明を省いて、全色盲の説明をした。俺が理解したところで、イアがドクターに反論した。
 「それが普通じゃないんですか、Dr.メルビィ?」
 そう、イアにとっては十年間、白黒の世界で生きてきたことになる。そんなイアにとって、先ほどのドクターの言い分はちんぷんかんぷんであろう。俺とキースだけが知っている事実ならば、きっとこのままイアには隠し続けてしまうだろう。しかし今はドクターがいる。ドクターの仕事は診察してその結果を患者に教えることだ。たとえ、それがどんなに残酷なものであったとしても。
 「あんたは病気なのさ、色の識別の出来ないね。母親の遺伝だろうね、あんたの母親であるコレットも、同じ症状を持っていたさ。」
 イアは自分が病気だと言われても、さほど驚きはしなかった。しかし、自分の母親であるコレットまでもが同じ病気で、遺伝したと聞いた時、イアは肩をビクリと揺らした。俺はやっぱりコレットも……と、再認識をした。
 「まぁ十年も不自由なくやってきたんだろ? ならこの先も心配ないさ。さぁ用ならすんだだろ。ほら、帰んな! 雪が積もる前にね。」
 そう言われて窓の外を見たら雪が降っていた。吹雪のように激しくはなく、しんしんと穏やかに。少し見入っていたら、キースが俺の肩を叩き、行くぞと声をかけた。イアはもう入り口のドアのところにいた。ドクターはまた二階へと上がっていった。キースが入り口へ歩き出したので、俺も後を追った。

 帰り道は、三人とも暫く沈黙だった。やっぱりこの沈黙を破るのはキースかな、それとも、沈黙は破られないかな、と思っていたら、予想外にイアが沈黙を破った。
 「色の判別が難しいのは悲しいけどさ! お母さんから受け継いだものだもんね。大事にしなきゃ、この目。私は誰が何と言おうが、この目を誇りに思うよ!」
 笑顔でイアは言った。その笑顔は無理をしている訳じゃなく、心の底から笑っている顔だったように思える。俺とキースは目を見開いて顔を合わせて、イアの方を向いた。イアはニコニコと笑っている。
 「その通りだ、イア。コレットはお前に何か残してやりたくてやったんだろうよ!」
 「アシル……お前、残してやったのがコレって……。」
 俺が大きな声でそう言ったら、キースが小声で俺にそう言った。実際、この静かな空間の中ではイアにも丸聞こえであって。しかしイアは怒る訳でもなく、悲しむ訳でもなく、笑って言った。
 「シー君の言う通り! 最高の贈り物なんだから、いいことだってちゃんとあるのよ。」
 と、イアは言って目の前の雪が少し積もり、白に染まっている丘を走って駆け上がった。俺とキースは止まって顔を見合わせてから、丘を駆け上がるイアを見ていた。そしてイアは、ある程度のところで止まって振り返り、笑顔で俺たちにこう言った。

 「白が眩しいほど綺麗に見えるんだよ!」

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