叉凪

青春を謳歌 女の子ver

 親友に連れてこられてやってきた場所は、この高校へ入学してからもうすぐ1年、一度も入ったことのない場所へのドアの前だった。
「…屋上?」
「ビンゴ!」
3階からさらに上へと続く階段を上るとある閉ざされている扉。来たことはないが、鍵がかかっているだろうことは予想していた。
 誰も通らないからか古い机や椅子が積み上げられている階段は薄汚れていて、とてもじゃないが青春を謳歌できるような場所ではない。この扉が開くなら別だけど。
銀色が少し剥げた色をしているノブに手をかけて、静かに回した。案の定開くことはない。
「やっぱだめだよ。屋上には行けない」
「そりゃ開いてないに決まってんじゃん」
 ケロッとした顔で当然のことを言うように私の顔を見て笑う親友が恨めしい。じゃあどうすんのと言わんばかりに睨んでやれば、彼女は得意げな顔でブレザーの内ポケットへと手を突っ込んだ。私の顔を見ながらゆっくりと出された手には鍵。私は目を見開いて叫んだ。
「うそっ、なんで持ってんの」
「ふふん、ちょちょっとね」
「…いいの?」
「平気平気」
 鼻歌でも歌いそうなくらい機嫌のいい親友はあくまで楽観的。そんな親友も様子を見ていたら、案外大丈夫なのかもと思えてくる。むしろ今までにないシュチュエーションじゃ私を想像以上に興奮させているのだ。
「記念すべきー屋上再解放第一号ー……いきます!」
楽しそうにそう言った親友が勢いよく屋上への扉を開いた。途端に冷たい風が吹き抜ける。
 最近大雪が降ることもなく比較的暖かい日が続いたためか、野ざらしの屋上はコンクリート丸出しの所々が濡れている程度だった。

 素早く入り静かにドアを閉めて、内側(こちらからは内側だが、本来は学校の中が内側なのかもしれない)からしっかりと鍵を掛ける。親友は鞄から自転車につけるチェーンを取り出すと厳重に扉に巻いて、ご丁寧に鍵まで掛ける。
「何もそこまで…」
「いやいや、青春を謳歌するのを邪魔するのは罪なんだよ」
「何それ」
2人でケラケラ笑いながら屋上の真ん中まで走っていくと、親友はその場にぱたりと仰向けに寝転んだ。水溜まりのないところだが、微かに砂や砂利があってとてもじゃないが女子高生が寝転がる場所ではない。
「汚いよ」
「ヤがるかと思って一応レジャーシート」
「…準備万端じゃん」
 ほうり投げられた鞄を引っ張ってゴソゴソあさったかと思うと、出てきたのは清潔感溢れる白いレジャーシート。投げて寄こされた折りたたまれたそれを限界まで広げて、彼女の横に敷くと私も仰向けに寝転がった。
雲の白と空の青が混ざり合うキャンパスを見上げながら、冷たい冬の風にあたるのは心地よかった。


「さて、準備が整ったので」
「?」
「早速青春ターイム」
 ガバッと起き上がって鞄をあさり、取り出したのはお弁当。そういえばまだお昼食べてないんだったと今更思い出す。私も起き上がって鞄から弁当を取り出した。
「うわぁ…中身寄ってるし」
「仕方ないよ。鞄振り回してたし」
 隣からげんなりした声が聞こえて、私はふふっと笑うと自分のお弁当を広げた。中身はそれほど酷くない。あえていうならシュウマイが変形しているくらいだ。
隣から私の弁当箱を覗き込んだ親友があっ! と声を上げて唸りだした。
「なんでうちのだけ寄ってんのさっ」
「いや、私鞄振り回してないし」
「ずるい! 青春はお弁当撃破が常識だよ!」
いや、さっき自分も文句言ったじゃん。
口には出さずに心の中だけで苦笑いを零す。口に出そうものならきっとこの親友は私の弁当の中身を箸で掻き回すぐらいのことはするだろう。
 さり気無く自分の弁当の安全を確保しながらずっと疑問に思っていた話題を持ってくる。
「ところでさ、屋上に来ることが青春なの?」
「違う! 屋上でお弁当を食べることが青春一つ目!」
「一つ目!?」
思わず口に運ぼうとしていた玉子焼きを落とした。慌てて下を見れば運良くお弁当の中に落ちたらしく、ほっと息をついた。横で微かに聞こえた悔しそうな舌打ちは気のせいに違いない。

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