梔子いろは

スリーステップ

Step.2

可愛くもあり憎たらしい後輩と別れ、恵比須は彼女との待ち合わせ場所に向かう。リジィと呼ばれる恵比須の彼女はとても几帳面であり、時間に遅れるなんてもってのほかだったからである。通りの向こうの像の前に白いワンピースを着た長身の女性が立っているのが見えて、恵比須は思いっきり手を振った。
「リジィ! 遅くなってごめん!」
「バカ! 遅いんだよお前は」
怒りながらも、その顔はどこか優しい色を帯びている。何だかんだ言いながらもリジィが彼のことを想っていることは見え見えで、その分かりやすいところが何とも好きなのだけれど、そんなことは本人に向かって言えないため心の中にしまっておく。彼女は、見た目と違って男らしい性格の中にもきちんと女性らしいところがあり、料理上手なうえ裁縫上手で嫁にするにはもってこいの人物だった。――身分の違いさえ、なければ。
「お前……デートに遅れるなんてどういう神経してるんだバカ!」
「それについてはオレの後輩が説明してくれr」
「後輩って、あぁ。あの亜麻色の髪の可愛い子か」
「違う違う。その子はオレのカテキョの彼女だし。オレが言ってるのは金髪の生意気な男の後輩!」
「……あー、あの後輩わんこ」
「わんこって……もしかしてあいつに一目ぼ」
「妄想も大概にしろ」
 わんこ傾向のある人物に弱いのか、彼女の目は若干輝いている。それを知っているからこそその反応が気に食わないのだ。犬属性キャラになってまで手に入れた彼女だというのに、そんなパッと出のクソ犬に横取りされてたまるか。心のうちでもやもやと抱える感情を無理やり奥底に押し込んで、恵比須はにっこりと笑みを形作った。もちろん、紳士的に彼女の手を取ることも忘れずに。
「予約したレストランまでお連れいたします、お嬢様」
「……ばか。なんだよそれ」
 リジィに会うまでは、ばかばか言われるのがこんなに心地いいなんて思わなかった。先に言っておくがМではない。けれど、好きな子の我儘を聞いたり悪態をつかれたりするのは嫌いじゃない。なかなかどうして、悪くないのだ。駐車場に止めてあったフォルクスワーゲン・フェートンまで案内し、助手席のドアを開けてやると滑り込む体。シートベルトを締めたのを確認してからドアを閉め、逆側に回り運転席に乗り込んだ。
「また無駄に高級車買って……幾ら金が余ってるからってお前な」
「だってカッコよかったんだもん。日本じゃあんまり流通してないんだけどねー」
「当たり前だ。どうせスペックを十分に活かしきれないままになるだろうからな。しかも高い」
広い車内で悠々と足を伸ばして彼女は言った。スカートの裾から伸びたこれまた白い脚が眩しい。履いているのはこの間プレゼントしたコールハーンのミュールだ。プレゼントしたものを使ってもらえているのが嬉しくて、気付かないふりをして口が緩むのを必死で堪える。幸い気付かれはしなかったようで、彼女はカーステレオの音楽に夢中のようだ。……それはそれで気に食わないが。信号待ちの隙にちらりと助手席を垣間見る。隣にリジィがいることがこの上なく嬉しかった。
「もう付き合って二年近くになるんだなー……」
「何か言ったか?」
「いーや、何でも」
 少し疎遠になった時期もあったけど、それも今ではいい思い出かもしれない。あの時はひどかったな。もう後輩カップルの仲の良さがうらやまし……いやいや、むしろここまできたらいっそそれを超える勢いで、なんて思ってみた。
「リジィ、オレ達いつまで仲良くいれるかな」
「さぁ? それはお前次第だな」
 もう夜に差し掛かった歩道を、ぼんやりと街灯が照らしている。夕陽をバックに、なんて言い方は少し古いかもしれないが、浴びるように光を受けてフェートンは大通りを走り去った。



《二年目のそれは、一年越しで何だかんだで、再熱》
(少し遠くから見ていられれば、今は幸せ。)

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