ドアの前まで行くと、息を一つついて、インターホンを押した。
「はい。」
佑也の母親とおぼしき人の声がインターホンの向こうから聞こてくる。
「すみません、早乙女ですけど。佑也くんのお見舞いに来ましたー。」
「あら、凪くん?ドア、開いてるからどうぞ、あがって、勝手に佑也の部屋に入っちゃっていいわよ?」
「では、お言葉に甘えて。」
玄関の扉を開けて、突き当りの階段を上がって右側にあるのが、佑也の部屋だ。
去年、高校入学仕立ての時に、出席番号が近かったこともあり、
親しくなって以来、佑也の家にはよくお邪魔しにきている。
もちろん、佑也の家だけじゃなく、おれの家で遊ぶこともあったけど。
おれの家は、学校から結構離れた場所だから、
休日くらいしか、遊ぶ事はできなくて、ほとんどが、佑也の家だ。
何度もきていれば、親とも親しくなるわけで、実際、佑也の母は、
インターホンなんて鳴らさないで、勝手に入ってきて良いと言ってくれてはいるが、
そこは、「親しき仲にも礼儀あり。」ちゃんと、インターホンを押すのは徹底している。
「佑也・・・?風邪・・・大丈夫か・・・?」
そう言いながら、おれは裕也の部屋のドアを開けた。ドアを開けば、ベッドには熱にうなされ、
苦しそうにしている佑也が寝込んでいる・・・はず・・・だったのに、
部屋にいるのは、いつものように元気な佑也。
しかも、テレビの前で、真剣にゲームなんかしてる。
「おい、佑也・・・お前、サボリか・・・?サボリなのか・・・?」
ただでさえ男にしては高い声を、一際高くして言った。
「あ・・・凪・・・。サボリ・・・?まぁ、サボリになるかな。」
「お前!なんでサボるんだよ!お蔭でおれが・・・どれだけ辛かったか・・・。」
「なんで、俺がサボったら、お前が辛いんだよ?
なに、俺ってそんなに、凪に必要?だったら、それは凄く喜ばしい。」
「知らねぇよ、もう!あー、もう嫌・・・。こんな奴にわざわざチョコを渡しに来たのか・・・おれ・・・。
ほらっ!チョコレート!!全部お前宛!!」
本当は、義理チョコなら、一個くらい取ってもバレないかな、と思いもしたが、結局、取りはしなかった。
俺にだって心はある。折角、女の子達が、
『誰かのついで』であっても、『佑也』にチョコを作ったり、買ってきたりしたのだ。
そんな女の子たちの事を思うと、取ろうと思っても、取れなかった。
「あー、おれ、それいらないから。」
「・・・はぁ!?」
思わず、驚愕の声をあげてしまう。
「いや、そんな驚くことでもないだろ。」
「だって、チョコレート貰えんだよ!?チョコだよ!?」
「・・・お前には悪いけど、俺、甘い物大嫌いなわけ。
某製菓会社が始めてくれたこのイベントに恐怖さえ感じているわけ。」
流石、モテる奴がいう事は違うな。おれなんか、甘い物大好きで、
こんなにチョコもらえた暁には、満面の笑みで、受け取ってやるだろうに。
こいつは、バレンタインにチョコ貰いたくないからって、学校を欠席するような奴だ。
「こんなイベントさえなけりゃ、俺は、欠席無しで皆勤賞をもらえるんだけどな。
毎年、この日で・・・欠席。あぁ、すごい迷惑だ。製菓会社め。」
「おれは今、お前がムカつくけどな、嵯峨くん。」
わざと、距離を置いて、名字で呼ぶ。
「じゃあ、やるよ。その紙袋の中身。」
「・・・何を言ってらっしゃるんですか。
頂けませんよ、こんな女子たちの気持ちの詰まったチョコなんて。
おれには重過ぎるっていうか・・。」
一度は取ろうと思ったりもしたが、意を決した今、もう一個も貰おうとも思ってない。
っていうか、寧ろ、甘い物嫌いなら、食ってくれ。おれと同じ痛みを味わうがいい。
「どうせ、ここに置いていっても捨てられるぞ。俺の家族、みんな甘い物嫌いだからな。」
うそ・・・もったいないだろ・・・。この山々がいとも簡単に捨てられるなんて・・・。
「お前、全国のモテない男子に謝れ!
このチョコをどれだけの人が欲しがってるのか、お前にはわかるか!おれにはわかるぞ!」
言っている傍から、佑也はもう聞くことをやめて、再びゲームに集中し始めた。
「人の話、聞けってば!」
「凪、チョコ好きだろ。俺からの、バレンタインだ。
お前が食え。その方が、チョコ的には本望だろ。女は別として。」
「いや、チョコの気持ちじゃなくて、女の子の気持ちを尊重して!」
「『不味い』としか言えなくても?その所為で、
その女子を無意識下に睨みつけちゃってもか?」
そう訴えてくる佑也の目は、気のせいか涙目だ。
本当に、嫌いなんだな、チョコレート・・・いや糖分・・・?
「・・・わかった、わかりました。おれが食べます。
でも、ちゃんと、女の子たちには、ホワイトデー返せよ。」
「いや、無理。俺は食わないから、お前が返せよ。俺は好きで貰ってるわけじゃないんだ。
寧ろ、嫌いなんだ。なんで嫌いなもの貰って、
『ありがとう』とか言って、お礼を返さなきゃいけないんだ。
嫌いなものなんだぞ?寧ろ、俺、嫌がらせされてるようなもんだろ。女の自己満足だろ!」
この意見に対して、批判はできない・・・かもしれない。だって、世の中には、結構いるのだ。
見返りを求めて、チョコレートを渡す奴が。その件に関しては、おれにも、経験がある。
ある年、義理チョコを貰って、ありがとう、と受け取り、翌月・・
ホワイトデーの時に、ちょっとしたお返しを渡せば、影で言われていたのが、
「こんなものいらないんだけどー。っていうか、倍返しでしょ?普通。」だ。
悪いな、金なくて。おまけにセンスもなくて。
「まあ、それは・・・一理あるけど・・・。本命くらいは返してあげなよ。
折角、作ったのに、返事もないなんて、可哀想だしさ。」
「わかったよ。んー・・・っと、ざっとみ、本命は・・・」
ゲームの画面を「ポーズ」にして、袋の中を床に広げると、
手紙付きのチョコレートが十五個・・・。その他が十二個・・・。
「ん・・・?・・・凪、良かったな。ほら。」
佑也の手には、五個のチョコレート。どうしたのかと思えば、「これは、凪宛。」と言って渡してきた。
見ると、箱には、おれの名前が記されている。
でも、おれにチョコを渡してくる女の子は全員、「佑也くんに」って言っていたのに。
「きっと、恥ずかしくて、俺に渡すフリして、お前に渡したんだろ。
でも、お前は、名前まで見ないで、袋に入れて・・。」
「マジで!?おれにチョコ!?やったよー佑也ー!!」
嬉しさで、思わず佑也を抱きしめる。
「良かったな、凪。まぁ、お前はここにあるチョコ全部食わなきゃいけないんだけどな。」
「あー・・・そっか。でも、なんか嬉しいな。だって、この五人はおれのためにくれたんだから。」
「本命は二人・・・。お前も、本命には返せよ。」
「当然!おれは、ちゃんと女の子の気持ちを考えていますからー。でも、まぁ、断るけどねー。佑也は?」
顔をしっかり見てはいないし、箱についていた紙に書いてあった名前とクラスしか知らない女子だが、
まあ、告白されても、おれは断るつもりでいた。
「嫌いなもの渡されたんだ。承諾する意味がわからない。」
「マジで!良かったー。お前が、彼女作っちゃったら、
おれ、気使って遊びたくても遊べないからさ!良かった!!」
「おれ、今んとこ、彼女とかどうでもいいし。」
あぁ、また・・・モテる奴の余裕だ。
あとがき
お久しぶりです、かねてです。
前回の部誌では、締め切り前に風邪を引いてしまって、
締め切りに間に合わなかったんですが、(新入生の癖に、部誌も玉露も原稿を出さなかったっていう・・・)
今回は、締め切り二週間前くらいに書き終えました!
テーマは「男同士のバレンタイン」(笑)だったんですが・・・
こういう明るい感じの小説は初めてだったりします。
いつも、誰かしら死ぬんですよ、私の小説。(笑)どうだったでしょうか?
女子と男子だったら、普通の恋愛小説になってしまうと思い、モテる男、モテない男。
寧ろ、甘い物嫌い男と甘い物好き男とのやりとりを書いてみました。
結果、セリフ多いな・・・と。申し訳ない・・・。
こんなに、「チョコ」「チョコレート」を多用した小説・・初めてですよ。
・・・三十五回くらい使われています。多分。
久々に、小説書いたんですが、なんだか楽しくなったので、これを機にまた、
頻繁にパソコンで書こうと思いました、二次創作を。
それでは、こんな駄文を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。かねてでした。