真崎珠亜

俺とお前の腐れきった縁(えにし)

「なんだよその反応はー。俺はもっと遊んでたかったんだよ」
「んなの大学に行ったって出来んじゃん。それに大学の方が楽しいって、合コンとかあるし。……お前なら一躍人気者間違い無しだろ?」
「……俺はお前らと、って言ったじゃねーか」
「…………あー。なるほど」
 少し不機嫌そうなジト目で言われてやっと分かった。
そういやコイツは俺らが大体行く大学とは違う、しかも海外の超賢い一流私立大学に親父さんや校長からの推薦で行くことになってたんだったっけか。
「俺達とはなかなか会えなくなるんだったな」
「そ。しかもアメリカ。ホームステイだぜ? 携帯も変えることになるし……。日本のダチのことは忘れろって親父にこないだ言われたよ」
「ご愁傷様。っけどなぁ、自分の夢のためだろ?」
 長男次男を追い越して跡取りになり、天神家とその一族の全権を握るっていう真っ黒な。
「そーなんだけどさぁ……。何か寂しい……っつーか」
「うわっ、気持ち悪っ!」
ここまで弱気な彼はかなり珍しい。寧ろ初めて見るような気さえする。
「酷ぇな。少しは慰めてくれてもよろしいのではなくて?」
「何でお嬢言葉なんだよ」
「何となーく」
ふざけるようキシシと笑う。……まるで子供だ。
確かにコイツとは結構楽しい思い出がある。……苦しいときも大分あったけど。
「……諒透はさ、俺と会えなくなって寂しくない訳?」
「まーたキモいことを言うな貴様! 鳥肌立ったじゃねーか! 寂しい訳ねぇだろ! 寧ろ清々するわ!!」
「ちょっ、俺にキモいとかほざける奴はてめぇくらいだぜ!?」
「知るかヴォケが!」
「ひっでー……」
 あまりの暴言にシュンとなる学校のプリンス。確かにこの男にこんな事を言えるのは俺くらいかも知れない。
そもそも男友達が居なくなって寂しいと聞くかコイツは? つか、気持ち悪いぞ、かなり。
「……お前は相変わらず毒舌だよなー」
「うっ……」
不機嫌にそう言われて言葉に詰まった。これでも前よりはひねくれずに物事を考えられるようになった方なのだ。そう考えると、そういう風になれたのは少なからずコイツが影響している。…意外と。
「……じゃあ何で俺みたいなひねくれもんに声掛けたんだよお前は」
「面白そうだったからだよ」
……それは、俺を馬鹿にしているのか?
「んだよその目はー。誉めてんじゃん」
「随分と分かりにくい誉め言葉だな」
面白そうと言われて嬉しく思えるような俺じゃないのはコイツも知っているだろうに。
「だって諒透ストレートな誉め言葉苦手じゃん?」
「つっ、そんなことねぇよ!」
「嘘吐けこの意地っ張り」
人をおちょくるように笑ってから、天神は窓の方を向いて下で騒がしく遊ぶ級友達を懐かしむような目で眺める。急にまた教室内が静かになり、何となく騒げない雰囲気になってしまった。かといって無言で天神の横顔を眺めているのも気が引けるのだが、一度見てしまうとなかなか目が離せなくなってしまったのである。
 カラスの濡れ羽のような艶やかな黒髪、女みたいに綺麗な肌。凛々しく整った眉のその下には長い睫毛に覆われた、底無しの野望の火を灯している闇色の瞳。日本人の平均を明らかに超えているだろう高い鼻と、艶めかしく感じてしまうほどの男の色香を放つ口唇……。こうして大人しくしていると、窓辺に佇む姿でさえ絵になってしまう程だ。生きる造形美、そんな言葉がよく似合う。
「……ぶっちゃけ言うとさ。俺、高校もつまんないもんだと思ってた」
 目線はそのままでぽつりと語り始めたので、黙って眺めていた俺の心臓は跳ね上がった。ビビらせんな!と叫ぼうとして口を開いたが、天神の独白の方が一足早く、言うタイミングを逃してしまう。
「高校も中学ん時と同じで、みんな金持ちの俺の寵愛が欲しくてヘコヘコして俺のご機嫌取りする奴ばっかか、俺を別世界の人間だと勝手に判断して、裏では散々悪口ばっか言いやがるくせに表では全く干渉しようともしてこない腰抜け野郎ばっかだと思ってた。…まぁ最初はそうだったけど」
「……それは自慢か?」
「んにゃ、本音。今の俺の正直な気持ち。まぁ俺様は幼稚園の時から超人気だったけどな」
「あぁそうですか」
やっぱ自慢じゃねぇかコンニャロウ。
 そうは思っても、かくいう俺も当時は天神の言った二種類の人間の後者に近かった。異常な人気のこの出来過ぎ男を自分とは関わり合いの無い別種な人間として、随分と冷めて目で眺めていた。無関心だったのだ。
そもそも高校に入学した時の俺はかなりねじ曲がっていた。見るもの全てを歪めて見ていたくらいだ。
「……で、そんなときに颯爽と現れたのが諒透だった訳よ。かなり衝撃的で運命的な出会い方だったけどな」
「運命なわけねぇだろ! 偶然だよ、絶対グーゼン」
 この男との出会い方は確かに衝撃的なものだったかも知れないが、運命だとは断じて思いたくはない!
「でもま、いきなり勘違いで殴られるとは思わなかったけど。…しかも顔面。容赦なし」
「あっ、あん時の事はちゃんと謝っただろ!? それにこっちにだってそれなりの理由があってだな……」
「分かってる分かってるって。俺もそんなこと引きずる人間じゃねぇし。お陰で諒透とダチになれたんだから寧ろ万々歳」
顔だけこっちを向いた天神に右手で頭を押さえ込まれながら諭される。身長の関係でどうしてもこういった子供のような扱いが多い。……かなり腹立つ。
「……そもそもダチになったって言うけど、強制だったろ、アレ」
「だってすだっちゃんに興味持っちゃったんだもん」
「高校男児が『だもん』なんて言うなキモい」
 頭の上の手がうざったくて払いのけながら言う。
「キモくて結構。そんなこと言ってくれんの諒透だけだから」
 払われた右手を雑に上下に振りながら、苦笑して天神は言った。しかし俺に注がれている視線は優しげに見える。
「まぁ俺はお前の事なんか大嫌いだからな」
「はいはい」
 俺の心からの悪口もあっさりと流される。こんなやりとりはもう何十回としてきたから当たり前といえば当たり前なのだが…。その慣れた反応に無性に腹が立つ。
 そして天神はくるりと体を向けて、俺を正面に見据えて、言った。
「俺が産まれてからのこの18年間で、真っ向から刃向かってきたのは諒透、お前だけだった」
「……そうなのか?」
意外な言葉に驚いた。こんな奴だから敵も多いだろうし、反感を買った先輩とか教師から何やらかにやらされてると思っていたのに。
「そ。あと俺の部屋に入れたのも家族以外じゃお前だけ」
「それは前聞いた。……かなりの不名誉だと思ったぜ」
 天神狂……もとい天神教の奴らにバレていたら半殺しじゃすまなかっただろう。あぁ恐ろしや……。
「かーなーりの名誉じゃねぇかよ。喜べ愚民」
「黙れや成金」
 そう言ってしばらく互いに真面目くさった顔でガンを飛ばし合っていたが、急に天神が吹き出したのでつられて俺も笑い出す。静かだった教室に男二人の大爆笑がこだまし合って響いては消える。下にいた何人かが驚いて見上げてきたのが見えた。
「やっぱ面白いわ諒透は。俺の最高のダチ」
「じゃあ俺にとってお前は最低のダチだわ」
「のやろー……、憎まれ口ばっかたたきやがって」
「そういう性分なんだよ」
 お互いに少し涙目になりながら言い合う。笑いすぎて腹が痛いくらいだ。
「でもさ、諒透とダチんなって世界変わったよ。今まで俺の世界なんてクソつまんねぇもんだったけど、諒透や諒透の友達とツルんで分かったんだ。俺が俺の殻ん中閉じこもってただけなんだって」
俺と同じく腹が痛かったのか、床に座ってから天神はそう言った。
「殻の中……ねぇ」
「そう、殻ん中。可愛い雛みたいなもんだったんだな、俺は」
「どこがだ」
 うんうんと自己満足しているナルシストに間髪入れずにツッコむ。お前が可愛い雛鳥なら世界中の生き物全部が可愛い存在になってしまうだろう。
「酷ぇの。俺にだって可愛い時代はあったんだぜ?……多分」
「多分かよ!」
「いや、きっと。そう…きっと、うん……」
「いまいち自信ねぇなぁ……」
「……っとまぁ話を戻すけど、俺は諒透のお陰でくだらないと思ってた奴らへの偏見が無くなったよ。誰でも意外と面白い一面や二面を持ってる。お陰でクラスの奴らとも演技無しで付き合えるようにもなって…高校生活はマジで楽しかった」
 懐かしそうに目を細めて楽しげに語る天神。なんだか死を直前にして何かを悟った者のように顔が穏やかだ。
すると天神は一旦口をつぐみ、あぐらをかいていた足をだらしなく床に投げ出して両手を後ろで床に付け、斜めになった体を支える体勢をとる。そしてしばらく天井の方を向いて黙り込んだかと思うと、急に頭を下ろし、バチリと俺と視線を合わせる。その視線の強さに俺は目を逸らせなくなった。決して睨んでいるわけではない、しかし互いの視線は一直線上で絡み合ったまま離れない。いや、離れないんじゃない。
離せないんだ。
「……だからさ」
 硬直した俺に今まで聞いたことがないような天神の優しげな声がかかる。
「ありがとう、巣立諒透」

http://bungeiclub.nomaki.jp/
design by {neut}