真崎珠亜

俺とお前の腐れきった縁(えにし)

 平日の昼間なのにもう誰もいない寂しい教室に、俺は唯一人で居た。
ぽつんと窓辺に立ちながら眼下で泣いたり笑ったりしている同輩達を眺める。さっきよりは人数が減ったような気がするのは、きっとみんな最後の思い出作りにカラオケやらボーリングやらに行ったんだろう。
 静寂を保つ教室の真ん中にある黒板を見ると、周りを紙の華で囲まれたそれにはカラフルな飾り付け――もとい落書きが書いてあった。
『今までありがとう! 3Dは永久に不滅だ!』
『楽しかったよ! みんな元気で!』
『最初から最後までクライマックスだったぜ! お前らホントさいこーw』
『俺達はずっと忘れない!』
『みんな一万年と二千年前から愛してるぅぅぅー♪』
『↑古くね?』
『(´∀`)』
 …ホント最後ら辺は落書きだなー…。
そう思って苦笑いが出る。まぁなんと言うか、そんな奴らだったけど。
 ―――卒業式。高校三年間の舞台が今日、終わった。
毎日がドタバタしてたけど結構楽しかったよな…。
そんなことを思いながら、また窓の下に目をやる。まだみんな騒いでいた。
 俺はというと、何となく一年間過ごした教室が懐かしくなって独りでしみじみと思い出に浸っているのだった。ガランとしているとやはり少し寂しいものである。
「早かったなぁ……」
誰に言うわけでもなく、ぽつりと俺――巣立すだち諒透りょうすけは呟く。
光陰矢の如し。俺の高校三年間は本当にあっという間に過ぎてった。
思いっ切り青春を謳歌しよう! と思っていた割にかなりフツーの高校時代を送った気がする……まぁそれなりに楽しんだから、いいか。
 と、突如後ろのドアが開いて、入り込んできた人間が一人。
「おーっ! すだっちゃんじゃねーか。こんな所で寂しく独り、何してんの?」
「特に何もしてねーよ」
 クラスメート、いや、元クラスメートか。の天神あまがみみことだ。
サラッサラの黒髪に強い光を持つ黒くて綺麗な二重瞼の瞳。ジャニーズでも顔負けしそうな端整な顔立ちしていて、スタイルも良く、男子の中でも割と小さい俺に対してまるでモデルのようだった。こいつに似合う四字熟語といえば眉目秀麗、才色兼備、成績優秀、文武両道、良妻賢母…は、違うか…。
「バカ、何で良妻賢母がそこで出てくる。俺はオカンか」
 いつの間にやら隣にやって来たそいつにベシッと叩かれる。
「つーか俺の心の中の説明(?)に入ってくんなよ! 何で分かったんだその前に!」
「俺に出来ないことはない!」
「……訳分かんねぇ」
 ふぅ……、と自然に出た溜め息と共にまた窓の外に目をやる。
ふと下にいた女子達が天神に気付いて黄色い声をあげ、ブンブンと千切れんばかりに手を振ってきた。天神もヘラヘラと笑いながら応える。
「相も変わらずモテますなぁ、元生徒会長殿は」
 けっ、と嫌らしく言ってみたが別に羨ましい訳じゃ……訳じゃ、無い。うん。
コイツの異常な人気っぷりは今から始まったことじゃないから今更羨んだって仕方がないのだが。
 入学当初から王子だの姫だの美少年だの言われて、何故だか彼を神として崇め、敬い慕いまくる熱狂的なファンという名の信者が現れ、しまいにゃこの学校全1034名中の4分の3は入っているであろう信仰集団『天神教』まで誕生した。要するにクラスの4人に3人は天神様が大好きだというわけだ。…鳥肌モノだな。
女子生徒は勿論、教員や事務員、はたまた男子生徒まで引き込むその魅力は計り知れない。
 そしてその人気っぷりで生徒会長の座までのし上がり、実に約二年半もの間、この学校の全権のほとんどを握り続けたのである。…本当に恐ろしい男だ。
 しかしこの男は見た目も一流さることながら、中身まで一流だから非の打ち所がない。名医輩出名家の天神家の三男として産まれ、成績は当たり前のように常にトップ。口のうまさと人当たりの良さで世を渡り、将来は実に有望。
 だがしかし! 俺はコイツの本性を知っている。
表向きには超良い子ちゃんを演じているが、裏では自分の邪魔になる存在は証拠も残らないほど徹底的に潰し、抹殺する。しかも自身の有能な配下を使うので全くもって自分の手は汚さない。得意なことは猫かぶりと演技。コイツの本性を知った時の俺の衝撃は凄まじかったとしか言いようがない…。
「ほら今年も全部ボタン持ってかれちゃったよ〜。しかも上着やらズボンやら靴とかも奪われかけたぜ。羨ましいか〜?」
「へー、そーですか」
 ニヤニヤしながら全くボタンの無く、人に揉まれてよれよれの学ランをいやらしくちらつかせる野郎に適当にいいとも風に返す。くそぅ、袖にあったやつまで取られてやがる。
「……つれないなぁ。親友がこんなに愛されてるっていうんだから少しは喜べよ」
「誰が親友か」
 確かに高校三年間ずっと同じクラスだったし、よくつるんだりもしたけど親友になった覚えは全くない。しかも同じ中学でも何でもなく、高校に入ってからの付き合いだ。寧ろこんな人気者の隣に無理矢理いらされた俺の身にもなってみろや阿呆。どれだけ肩身が狭かったと思ってんだよ。天神教信者からの視線がどんだけ痛かったのかお前には分かるまい……。
「心の友だろ? 俺ら」
「ジャイアンかお前は?」
「何様俺様天神様だしな」
へへっとガキっぽく笑って言う。つーか自分でそれを言うか。
「ってかお前、何しに来たんだ?」
さっきまで下で人山に揉まれてた気がするんだけど。
「あのなぁ、例え俺だって一人しんみりと思い出に浸りたいときだってあんだよ。したら先にお前が居たわけ。ったく相変わらずジジくせぇなぁー、式終わった途端に独り寂しく思い出に浸ってるなんてさ」
「……お前だって浸りに来たんだろ? だったら同じじゃねーか」
「俺はちゃんとみんなと思い出語り合ってきたぜ? 最初から独りぼっちのお前とは違うの」
 ちっちっちっ、と指を振りながら言われて少しカチンときた。どーせジジくせぇよ俺は。
「……にしても、卒業したんだな。俺ら」
「寂しいのか?」
窓に背を向け、寄っ掛かりながらぽつりと言われた言葉にからかうように聞き返すと、まぁな……。と予想に反してしんみりとした返事が返ってきた。
「ま、この学校じゃ天上天下唯我独尊だったお前には確かに寂しいかもな」
「そう言うわけでも無いんだけどさ。こう……何となく、……やっぱ何でもねぇや」
「何だよ?気になるだろ」
珍しく曖昧に語尾を濁されると気になって仕方ない。
「……もーちょい、お前らと馬鹿やってたかったかな。と」
「……………………はぁ?」
独白するような感じで言われ、かなり反応が遅れた。
俺にとっては十二分に親教師に隠れて馬鹿やりまくってたような気ぃすんだけど。勿論、法には触れない範囲で。

http://bungeiclub.nomaki.jp/
design by {neut}