かねて

僕は、気付かなかっただろう

三月中旬に、第一志望の合格発表があり、桜の受験番号は、 しっかりと玄関前に張り出された紙に印刷されていた。中学でできた親友の二人と一緒に見にいったのだが、 彼らは、一般入試より先に行われた推薦入試ですでに合格していた。 三人で合格を喜び合ったのも束の間、新たな不安が桜の頭を掠めた。
「はぁ・・・。」
―二人と離れ離れになったらどうしよう。
親友の二人の名は、大野 涼(おおの りょう)、大野 京(おおの きょう)。
彼らは、たまたま同姓であったわけではなく、正真正銘の一卵性双生児である。
彼ら二人が同じクラスになることは、まず無いだろう。 双子が同じクラスにいるなんて事は今まで一度たりとも見たことも、聞いたことも無いからだ。 この学校は一学年を八つのクラスに分ける。 たとえ、二人が同じクラスにならなくとも、 二人のどちらかと一緒になれる確率の方が、結局のところ圧倒的に低いのだ。
「はぁ・・・・。」
もう一度、桜は深く溜息をする。
「・・・あのなぁ、桜・・・・・・お前、さっきから煩いわ。 『はぁはぁはぁはぁ』言いやがって!男の喘ぎ声なんて聞きたないわ!!」
補足として言っておくと、二人は中学一年のころ、関西から転校してきたということで、関西弁だったりする。
「は?」
「『は?』じゃないって言うとるやろ!?」
「・・涼・・うるさい。」
少し興奮気味の涼とは裏腹に、京は至って冷静に本を読みながらぼやいた。彼には関西弁の訛りは無い。
たとえ双子であろうとも、外面は似ているが、内面は正反対、とはよくある話だ。
「仕方ないだろ?不安なんだから・・・。涼だって知ってるだろ? 中一のときの僕を見てるんだから・・・。僕は、入学式が大ッ嫌いなんだよ!」
中学一年、三人がまだ入学したてのころ、 皆が帰った仄暗い教室の片隅で桜は机に顔を伏せて泣いていたのを知っている。 後から聞いた話では、その時桜は、少し前にあった苛めの記憶に嘖まれ、 再び起こるかもしれないそれに、恐怖していた、と。
「だからって、もう三年前に起きた事を引き摺り続けてどうなるんや?」
涼のいう事は、尤もだった。 苛めに恐怖する気持ちは、わかる。 しかし、自分に非が無いとわかっていながら、過去の出来事に恐怖し、 今を大切に生きれないのは、損ではないか。 苛めと言う醜い事を引き起こした当事者側は、何の気なしに今を生きているだろうに。 ・・・もしかしすると、過去の報いを受けているかもしれないが。
「そんなのわかってる!でも、お前は苛められて、 貶められた事がないから、僕の気持ちがわからないんだ!」
「・・・わからないだろうな、涼には。だけど、俺はなんとなくわかる気がするよ。」
桜の言葉に口を開いたのは、涼ではなく、京だった。
涼と同じ声で、冷静に言われると妙な気分を感じてしまう。
「・・・?」
「お前は知らないと思うけど。俺は多分、昔苛められてた。 俺は、人より鈍いから、あんまり周りの事なんて気にならないんだけど、 知らないうちに物がなくなっていたり、壊れていたりするのは、多分苛めなんだろう?」
京の口から流れてくるのは、桜が知りもしない小学生のころのことだった。
京も、桜と同じように、違う場所で痛みを味わってきたのだ。同じく、小学生の頃に。
「苛めって言うのは、人とちょっと違うだけで起こったりするものだ。 桜の場合は何かわからないが、俺の場合は、無口なとこかな。 でも、それこそ、仕方ない話だろ?苛めにあいたく無いからって、 俺は『無口な奴』から涼みたいな『口うるさい奴』にはなりたいとは思わない。」
それを聞いて、桜は少し吹き出してしまった。
「確かに、涼みたいにはなりたくないね。」
「・・だろ?きっとこの意見はどこにいっても満場一致だ。」
「なんやそれ!!なんで俺が馬鹿にされてるんや!!?」
「お前が苛められる理由なんてないんだから。それに、今は俺たちだっているだろう? たとえクラスが離れても、絆が切れるわけじゃないさ。」
京は、涼を会話に入れないように無視を決め込んだ。
「それに元々、俺は二人と一緒のクラスじゃなかったんだからな。 それでも、仲良かったんだから大丈夫だろ?」
「うん。」
「・・・お前ら、シカトか?」
「お前が苛められそうになったら、涼がそいつら潰してくから。」
「うん。」
「なんで俺!?」
「・・・なんか雑音が聞こえるな・・・。」
「なんや・・・?俺が苛められとるんか? くそ・・・お前等の痛みを、俺に味わわせる気やな?サイテーや!!」
『この場にいない』という扱いをされている涼を桜が横目で見ると、 涼の眸はうっすら涙ぐんでいるように見えた。
いや・・・この際、気のせいという事にしておこう。
「桜、見せたいものがあるから、四月の頭に時間あけておいてくれ。」
「へ?」
突然変えられた会話の内容に、桜は間抜な声を出してしまった。
「すごく、綺麗なんだ。」
いつも無表情の京が、少し微笑んだ気がした。

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