かねて

信託こそが愚行だった

「あーあ、また子供が落ちてるよ。ちゃんと生きたまま」
迷彩の軍服を身に纏う、二十代くらいの男が一人、赤い血溜まりの中にいる少年の顔を覗いて溜息をついた。
地面に横たわっている子供。まだ息はある。 だが、隣に倒れているこの子供の母親と思しき者は、背中を打たれ、それが胸を貫通している。 見たところ、もう命はないだろう。
辺りは赤黒く固まった血の上に、新たな鮮血が流れている。
女の体はまだ温かく、生々しい死を目にした子供は、それを目にし、気絶してしまったのか。
この光景は、悲しい事に珍しくはない。
―可哀相に
「ご愁傷様。貴方のお子さんは、わが国軍が引き取らせていただきます」
男は女の前で合掌し、それを終えると、その気を失っている少年を抱きかかえ、その場から立ち去っていった。


少年の頬には、一筋、涙が流れた痕があった。


「今日も収穫アリですよ、大尉」
上質な皮製のソファに股を広げ、深く腰をかけている『大尉』と呼ばれる男は、 報告をしている男とは違い、迷彩の軍服は身に着けず、返り血のついていない正装を身に纏っている。
「今日は何人だ」
「十歳くらいの少年一人。保護者の死が確認されたのであそこ行きかと」
「そうか・・・それは残念だ」
「健康状態のほうも比較的良好なので」
その言葉が耳に届くと、大尉と呼ばれる男は、俯き、頭を抱え、深く溜息をついた。
「いつまで、こんな事を続ければ・・・」
呟くように言ったその言葉が、二人に重々しくのしかかる。
「命、尽きるまで」
その呟きに答えるように。
この部屋の窓から見える溢れるほどの、亡骸とを眺めながら。


総司令部の廊下
複数の足音が廊下に響く。廊下には、多くの軍人と、幼い子供。軍人が、子供を連れるように歩いている。 この光景の、大人が、軍服など着ていなかったら、普通の親子に見えるだろうに。
だが、表情とその身に纏う服が、その可能性を全否定する。 「僕は・・何処に連れて行かれるんでしょうか」
先日、軍人に引き取られた十歳ほどの少年が、少年をここへ連れてきた軍人に尋ねた。
その少年に怯えた様子はない。
連れられた子供の多くは、高確率で軍人に対して恐怖心を抱く事が多い。 自分の目の前で両親は死んだ。敵国と自国の軍の戦によって。 目の前で刺され、撃たれ、肉を抉られて。噴出す血が己にかかる。 そんなものを見て、怖がらない筈がないのだ。
だが、この少年は違った。まるで、安心したような表情で、軍人である男を見ている。 そんな少年の眼差しに何か、罪悪感を覚えたのか、軍人は口を開く。
「君は我々軍人に保護されるとでも思っているのかな」
―嘘でも『保護される』と言って置けばいいものを
「違うんですか?」
「今の日本の何処にそんな余裕があるのやら。 君が向かう場所は、S.C.T.S・・・正式名称、軍人強制養成所。 初耳だろう?都心の地下深くにそんなものがあるなんて」
その男が淡々と話を進めていくのに伴い、少年の表情は少しずつだが、強張っていく。 大きく一呼吸して、少年は言う。突然、口調を変えて。
「昔、日本は『徴兵令』というのを出して、 子供が軍人となったという話を聞いたことがあります。要は、そのようなものですね」
『お国のために』と言って、奪われる最愛の子供。 本当は、国ではなく、自分のために自分の思うように生きて欲しいのに、逆らえない現実。
―空に浮かぶあの機体に、自分の子が乗っているのだろうか。
そう思って見てみれば、その機体はすぐに敵国の機体へ突っ込み炎上する。
『絶望』としかいいようがない。
「・・・なんだ、日本はまた同じ道を通っているんですね。 挙句の果てに、日本は勝っているなんて嘘を吐いて、最後に白旗をあげて」
少年の言った全てを聞くと、「わかってないな」とでも言うかのように、軍人の男は、少年の頭を撫でた。
「今と昔とでは違うよ、少年。日本は今、成人前の子供にまで『徴兵令』はだしていないし、 むしろ、成人後の人間にも出していない。今までと同じように、希望者が軍へ入る」
確かに、今の日本は、軍人になることを強いている訳ではなかった。自分の父親も軍人ではなかった。
「でも、僕をその軍人強制養成所に連れて行くということは、同じ事でしょう?」
「いや。この場合はね・・・条件があるんだ」
「条件・・・?」
「第一に、比較的、健康状態が良い事。 第二に、保護者が既に死んでいる事」
二つ目の条件が、なんのためにあるのか、少年は、まだわからない。

http://bungeiclub.nomaki.jp/
design by {neut}