かねて

信託こそが愚行だった

総司令部の南に位置する扉をあけると、地下へと続く階段がある。
そこを降りていくとあるのが、軍人強制養成所だ。
「さあ、ここだ」
「一つ質問。条件の二つ目って・・・、何のために・・・」
「・・かつての日本の軍は恨みの対象だった。 それは、自分が必死で産み、守ってきた者を、徴兵令という令により、 奪われ、殺さたから。それが、原因のひとつだ。 だから、今、それを教訓に、日本は徴兵令を止め、 表側で、『保護者のいない子供の保護』という名目で、 その子供を軍人として成人まで育てているんだ」
その男から出てきた言葉は、恐ろしい現実だった。

―惨い、醜い

何が、『教訓』か。同じではないか、昔の日本と。
むしろ、昔より酷い。悪を善として、こんな行為をしているなどと。
「最低ですね。今まで、僕は軍人に守られてきて、軍人を慕っていました。 だけど、一気に嫌いになった。恨みます。あなた達軍人を」
少年に理解などできなかったのは仕方のないことだ。 男が、恨まれるのを覚悟の上で、何故この話を少年にしたか、など。わかるわけがない。 男は悲しげに少年を見つめていた。
「君の気持ち、わからないでもないよ」
「それも、偽善なんでしょう?」
「戦争が始まったのが三十年前。 そして、これが実行されたのが、二十五年前。 最初に、ここに収容された人間はもう三十代・四十代になっているだろうね。 今、司令部にいる軍隊は皆、ここに収容されていた人間で構成されている。その他は全員殉職した」
かつて、成人後に入った軍人は、最初の戦で殺された。
それでも、日本人が爆撃などで大量に殺される事がなかったのは、 この時代に石油などの燃料が底をつき、機体を飛ばす事ができなかったからだ。
しかし、敵国は、大型の船で軍隊を引き連れ、突然の襲撃をした。 そのとき、数多の自衛隊員が殺され、犠牲になった。
「今の軍を憎んでも意味はない。恨むなら、三十年前の政府を恨め。 この案を考えたのは当時の政府だ。私も十年前ここに送られて、このことを聞いた」
ショックだったよ。そう苦笑しながら言う軍人が、自分の姿と重なった。 この戦火の中、国民の恨みの対象は、多かれ少なかれ軍に、向けられる。それは絶対の事だ。
だが、軍人は国民を守らなければならない。戦場ではそれが掟なのだから。
強者が弱者を守るのが、原則なのだから。
「そんなに辛いのなら、降参を認めればいい。…いつまでも、意地を張っていないで」
自分も同じ目にあっているのに、今を生きる子供に、自分を同じ絶望を与えなくてはいけない。
この軍人に同情した。
「言ったはずだよ。昔の日本とは違うと」

http://bungeiclub.nomaki.jp/
design by {neut}