魅闇美

ドア

自分の趣味について理解してくれなくてもいい。だけど、せめて引き籠ったことに関しては理解して欲しかった。引き籠ったからには何か理由があるんだって、家族会議でも開いて真剣に話し合って欲しかった。
オタクの病気にかかったと騒がれ、理解もしてくれずぶつくさと言われて一年。
遠巻きな嫌みを回避しながら部屋で泣いた一年。
二年間自分の中の譲れないもののために戦った。ただの引き籠りではない、これは籠城だった。そして耐えられなくて決戦の時が来た。決戦の火蓋を切ったのは城主の脱走。
まあ、簡単にいえば家出。

家出と言えるのか迷うところだけど、無断で夜に家を飛び出したんだから家出なのかもしれない。最初の目的は家出なんかじゃなかった。
死ぬために家を出た。
勉強ってどうしてもやる気が出ないから、なにかご褒美を作ってやらないと思うように進まない。私の場合は二時間勉強したら三〇分ゲームとか、問題といて漫画読んで時間置いてからもう一度といてみるとか、私なりに工夫してストレスと戦いながら勉強していた。
勉強をゲーム感覚でしようなんて考えたこともある。問題をモンスターだと思って、次々倒していこうだなんて。勉強って楽しくないからゲームと同じように考えるなんて無理だったけど。全国模試で一位とれたら新世界の神になれるんだったら、頑張って勉強するかもしれないのにな。
受験生なのに携帯ゲームをしていた私が悪かったって解ってる。だけどちゃんと勉強もして、息抜きに少ししていただけ。そうしたら神様の悪戯か運命だったのか解らないけど、タイミング良くお母さんが部屋に入ってきてあとは予想通り。オワタ\(^p^)/
机の上にあったアクセサリーを握ってバルスって心の中で叫んでもどうにもならなかった。ここは天空のラピュタの世界でもないし、口に出さなきゃ効果はないかもしれないし、第一飛行石じゃないから無理だ。
自分に非がある分、大人しく説教を聞いて反省するつもりだった。なのにお母さんがまたオタクがうんぬんって関係ないことを持ち出して、どうしようもなく腹が立った。
私をあまり怒らせない方がいい。そんなこと言って何か出来ればよかったんだけど、怒りがなぜか涙に転換して私は涙を堪えて唇を噛むことしかできなかった。
いっつも思うんだけど、どうしてこんなとき涙が出ちゃうんだろうって。戦わなきゃならないときにどうして怖気づいて何もできなくなっちゃうんだろうって。何もしないで泣くくらいなら、何かして後悔の涙を流す方が良いって思うのに、頭で考えたことが必ずしも行動に移せるわけじゃない。スポーツだって楽器の演奏だってそう。
憎たらしいけど勉強はそうじゃない。頭で考えたことをノートに書いていけばいいだけ、答えを導き出す考えが浮かべばの話なんだけど。
ずっとお母さんのターンだった。頼むからなにかトラップカード発動してくれないかな。そんなこと考えながらお母さんの説教を聞き流すことにした。
お母さんがスッキリして部屋から出てったら堪えてきたものが外にぶわって溢れだして止まらなかった。好きなものを批判されたこと、そして進路に関しても口出しされたことがどうしようもなく腹が立った。
ゲームなんかしてるから頭が悪いんだって、ゲーマーの中にも秀才はいると思うんだけど。本当に私のことなんにもわかっていないんだ。ゲームを取り上げれば私の原動力が無くなって、今よりも頭が悪くなるに決まってるのに。なんでもかんでも取り上げて勉強だけに集中したって、ストレス溜まって心身おかしくなっちゃうよ。
進路だって自分の興味があるところを選んだのに、趣味の合う友達が欲しくてなんとなく選んだんじゃないかって。進路先が気に食わないからってそんな言い方しなくてもいいじゃない。
私の趣味だけじゃなくて、私のことを理解してくれないって感じた。私の心は相当荒んでいた。心にないことまでも出てきて、嫌な感情に支配されてるみたいだった。
私のことを理解してくれている人っているのだろうか。
お母さんなんて大っきらい。
お父さんなんて私のことほったらかしだしどうでもいいんでしょ。
おじいちゃんとおばあちゃんなんて他人に等しいじゃない。
先生に話してどうするのさ、困るだけでしょ。
友達、…本当は上辺だけなんじゃないかな。本当の友達なんているの?
親友って呼べる人何人いる?
右手を出した。
指が一つも曲げられない、ただ震えるだけだった。視界が涙で歪んで見えてるだけだって思えなかった。まるで世界がぐにゃぐにゃに歪んでる、そう思った。
私を守り続けた檻は意味を失くした。だって世界が歪んでるんだもん、檻に引き籠ってもしょうがない。この世界から消えてしまおう、頭に浮かんだのはそんな結論。この世界に存在する理由なんてない。

私はこの世界で独りぼっちだ。

今思うとなんて馬鹿げているのだろうって笑っちゃうけど、あの時は本気で悲しくて苦しくて死にたくて堪らなかった。

カッターを握った。手首か首をザクッブシュッてやっちまえばこの世とはおさらばできる。人間って脆い生き物なんだよ。簡単に死んじゃう。それでも切腹したくらいじゃ死なないから斬首係りが後ろで控えてるのを何かで見た気がする。やっぱり人間って簡単に死なない生き物なのかもしれない。切腹する武士の姿が脳裏に浮かんでカッターを握る手が汗ばむ。刃物で切ったら痛いなんて幼稚園児でもわかるんじゃないかな。友達のことを疑ったり、死のうなんて馬鹿げたこと考えるような状態だったけど、痛みにだけは心が素直に反応していた。カッターで切ったら痛いじゃ済まないだろうと思って、刃を出す前にカッターを閉まった。
本気で死にたいなら止められないほど勢い付けて刃を振りかざせばよかったのに、私はやっぱり弱虫だった。
住み慣れた居場所を捨てて、逃げた。
立ち向かわないで、逃げた。

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