魅闇美

ドア

玄関の戸をそっと開けて家を出た。コートをとるためにクローゼットを開ければ音でばれると思ったから、十二月の寒空の下私はコートを着ないで歩いていた。感覚が鈍っているのか、不思議と寒さは感じなかった。出かける時には必ず持った携帯と家のカギは置いて行った。お金だけがポケットの中に入っている。
睡眠薬を買おうと思っていた。睡眠薬を大量に飲むと死んでしまうって、何かで読んだのを覚えてる。
薬局へ向かった。営業時間は終了しました、という看板を目にして呆然と立ち尽くした。
それでは入水にしましょうと川へ向かえば、川は凍っていた。
時間がたつと苛立ちも治まって冷静になってきたのか、死ぬのがだんだんバカらしくなってきた。
冬の寒さと空も一役買ってくれたと思う。
頭が冷えたし、外に出ると思いつめてたことがすーっと外に抜け出て身体が軽くなった感じがした。悩み事があるときは狭いところにいると視野まで狭くなってネガティブになりがちって最近何かで読んだ。私って情報源多いからどこで見かけたかすぐ忘れる。
友達から、ネットで、雑誌で、新聞でテレビで本で、はたまたアニメか漫画で。
くだらない理由だったと思えた頃には死のうという気持ちは無くなっていた。けれど飛び出してきてしまった以上簡単には戻れないという、意地にも似た戸惑いが襲ってきた。
濃紺の空と真っ白な地面の間をうろうろ。私はいうなれば人生の迷子だった。死ぬことができなくなったけど、家にも帰れないし、かといって他にどうすればいいのか思いつかない。
うろうろしてたらモンスターに遭遇した。今まで誰もいなくてエンカウンター率は低かったのに、いきなりラスボス出現なんてどんだけ鬼畜なんだろ。
ラスボス、お母さんが現れた。
あなぬけのヒモがあればモンスターにあわずに済んだかもしれない。私の装備は言い訳、打たれ弱いガラスのハート。年齢がレベルだったら私は十五レベルで、お母さんは四十一レベルだ。一撃必殺とかなくても通常攻撃でHP全部持ってかれてしまうだろう。
なにかチートな技とか覚えてたらいいんだけど、私は何もない。
特技とかないし、箸であずきを掴むのが人より上手なのとぷよぷよが強いことだけだ。将来何の役にもたたない。
スポーツで得意なのはそり滑りかな、ウインタースポーツに含まれるか分からないけど。正座して後ろ向きで山をそりで滑ることができる。だからってどうにもならないし、資格もないんだけどさ…あるわけないか。
お母さんがこちらに向かってきたので迷わず逃げることを選んだ。引き籠りでインドア派って言うのを言い訳にしたい、お母さんは私よりもなぜか足が速かった。
距離が狭まってきて、とうとう腕を掴まれた。頬を叩かれるんじゃないかって思った。漫画によくあるベタなオチだもん。
お母さんは叩かずにただ手を握った。

「お家に帰ろう?」

そう言って手に持っていた私のコートを着せてくれた。流石に人生レベルが四十一レベルなだけあるなって何を根拠にそう思ったのか分からないけど、そう思った。
私には何にもないのに、お母さんは迎えに来てくれた。親子だから当たり前とか今の時代じゃ言えないでしょ。
今まで寒くなかったのに、鼻水が出てきて、お母さんの手が温かくって、息が震えた。

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