東雲

泡沫の物語

「そうだな・・・お前達は村の住人に、何年前から鬼が出ると聞いた?」
黒曜はどこから話せば良いか悩み、この問から始めた。
「確か数年前、と聞いたと思うぞ」
奏と紹介された男がそう言った。ああ、やはりそう思われているのだ。
「確かに鬼として村に行ったのは二年前が初めてなのだが、実を言うと、本当は幼い頃から村へ遊びに行っていた」
「どういう事?」
千早が尋ね、黒曜は人は知らぬと思うのだが、と前置きする。
「鬼というのは、最初から角が生えているわけではない。覚醒≠ニいう時期を越えて、やっと生えてくるものなんだ」
「嘘!?」
眼前の二人は思ったとおり、驚愕して開いた口が塞がらないようで、二の句が継げずにいる。
「本当だ。私は昔から人が好きで、よく村に下りては同年代の子供達と遊んでいた。
角が無い内なら良かったのだが、生えてからというもの、人は我を忌むようになった」
前は何処の子かとは不思議がられはしたが、忌まれたりはされなかった。むしろ可愛がられていた。なのに。
「己が見たこともないのに、邪悪だとか忌々しい鬼だと言われ、殺されそうになった事もある」
たった二本の角が生えただけ。それだけだ。変わったのは外見だけ、人が好きだという気持ちは微塵も変わっていないのに。
「確かに、元々気性が荒いものだっているだろう。けれど、一部がそうだからといって全員が同じとは限らぬだろう?」
我の問に、二人は真剣な顔で同時に頷く。人にも良い奴がいれば悪い奴もいる。それと同じ。
「我だって里翠の者達を怖がらせている事は承知していた。 それでも通い続けていたのは、いつか我を信じてくれると信じていたからだ。 襲わなければ以前のように接してもらえると思っていたからだ」
唐突に視界がにじみ、冷たいものが幾筋も頬を伝う。二人が黙って聞いてくれているのが、今はありがたかった。
「何度も何度も。襲うつもりは無いと、仲良くしたいだけなのだと言った。 なのに騙そうとしても無駄だと言われる・・・」
騙そうとなどしていない。ただ、だた仲良くなりたい。それだけを願っているのに。
「己より力の強いものに怖れる気持ちは理解できる、だが、勝手に想像して勝手に怖がるのは別だ・・・!」
今まで思っていた事が、次々と溢れ出す。
「人と違うところなど、角が生えているか否かしかない! この角が何だという?生えているから、何だと?それほど恐るべき事か? 鬼だって人と変わらぬ、同じように傷ついたりだってするんだ!!」
子供達に言うわけにもいかず、誰にも相談する事ができなかった。
もし鬼に生まれなかったらと何度考えた事だろうか。
「ずっと、ずっと貴石が羨ましかった。 強い力を持っているのに怖れられず、人に好かれ、役に立つ事ができるから・・・・・・」
思いを全て吐き出し、黒曜はただ泣いた。


それからしばらく泣き続けた黒曜をなぐさめ、落ち着いた所で、二人は口を開いた。
「そんなに貴石になりたい?」
千早が尋ねると、黒曜はしゃくりあげながら頷いた。
「黒曜・・・と言ったか?本当に貴石になりたいなら、方法が無い事はないぞ」
その言葉を聞いた途端、呆けた顔で黒曜の動きが止まる。
「へ?」
「貴石にしか伝えられていないが、ちゃんとした方法がある。 但し、二度と戻る事はできない。貴石になったとしても本来の鬼の姿では結局駄目だったと後悔しないか?」
「・・・しない」
答えた声は小さかったが、確かな意思を読み取るには充分だった。
「私にはよく分からないけど、貴石になると認められなければ死に至る可能性もあるらしいわ。それでも?」
千早が再度問いかける。返ってくる答えは決まっていた。
「それならば、何としてでも認めさせる」
「それ位の心意気がなくちゃなぁ。よし、その場に立ってくれ」
黒曜は黙ってその場に立ち、二人は黒曜を挟んで立った。
「千早、始めるぞ」
「了解」
呼吸を整え、目を閉じて二人同時に印をむすぶ。すると、頭の中に呪文が浮かんだ。
『国を守護する五匹の神獣よ、我、今、此処に新たな守護者を生み出さん』
ふわりと足元から風が吹き、地面が光始めた。
『みとめ、願わくば、祝福を与え給え』
髪が風になびき、衣が翻る。光の柱が天を衝いた。
『臨 兵 闘 者 皆 陣 烈 在 前』
唱え終わるのと同時に光が消え、風も無くなる。そっと目を開くと、黒曜が取れた角を持って立っていた。
「成功だな」
奏が安心した表情をして言った。
「・・・・・・本当に貴石になったのか?変わった気がしないのだが」
対する黒曜は、疑いの眼を二人に向ける。
「左の手の甲に神獣の印が・・・黒曜は玄武の印があるだろ?それが貴石になった証拠だ」
黒曜は左手を目の高さまであげ、印を確認する。
「おめでとう、黒曜」
温かい千早の言葉に、黒曜はまた泣き出しそうな顔をした。
「・・・ありがとう千早、奏」
穏やかに夜が明けようとしていた。

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