「で、イアに聞かれちゃまずい話かよ。外で話だなんてよ。」
「イアのことだ。」
そう一言言ってキースが地面に座ったので、続いて俺も横に座った。イアに何か合ったのかと、急に不安になった。さっきまであんな笑顔だったイアに何かあったのか、と。
少しの沈黙の後、先にその沈黙を破ったのはキースの方だった。
「イアがおかしい。」
実際、拍子抜けした。何を言い出すのかと心の準備をしていれば……。全く話の意図が掴めない。
「イアの何がおかしいんだよ? 訳わかんないぞ。」
「多分、目だ。」
目、だと? ますますわからなくなってきた。イアの目は普通だったと思う。俺が見る限りでは……。
「どういうことだ?」
そう問えば、キースは真剣な表情のまま、また口を開いた。俺は緊張してきたのか、冷や汗をかいていた。
「俺が思うに、色覚異常だ。」
「しきか……?」
俺には難しい話だった。多分、病気なんだろうけどどんな病気なのかもわからない。自慢じゃないが、俺の脳みそは多分空っぽだ。自分は力仕事専門だと思っている。
「色覚異常。色盲のことだ。俺も詳しくもわからないけど、とにかく色の見え方が少し変わってんだ。ただ、イアは明らかに色の識別が出来ていないように思える。……覚えてっか? コレットが昔、『モノクロとカラーの大きな違いがわからない。』って言ってたのをよ。」
確かに覚えている。その時の俺たちはまだまだガキで、コレットの言っている意味がわからなかった。実際、今になっても理解していないが。しかし今までのキースの言うことを整理してみると、イアは色覚異常ってので、コレットもそうだったってことか?
キースはふぅ、と息を吐いてまた話し始めた。
「今日、イアと釣りに行った時の話なんだがな……。
『今日は空が青々としてんなァ。』
『青々としてるって何?』
『とにかく青いってことだ。』
『青って何?』
『色だ色。』
『色? 空は灰色よ。』
『……お前、カラーとモノクロの違いわかるか?』
『同じでしょ?』
まさかと思ってカラーとモノクロの違いを聞いて、その答えが返ってきた時、俺はコレットを思い出した。それで多分、色覚異常だろうって。しかも、コレットからの遺伝じゃないかってな。」
キースの話を聞いている間の俺は、至って冷静だったと思われる。しかし話終わると同時に今まで以上に冷や汗が吹き出して、金縛りにあったように動けなくなった。キースはじっと目の前の海を見ていた。
別に命にかかわる訳じゃない。コレットだってそれが原因で逝った訳じゃないんだ。なのに、何故かコレットに申し訳ない。コレットからの遺伝だとしても、それでも自分が病気にさせてしまった気がしてならない。せめてもっと早く気がつけば、どうして十年間も気付かなかったんだろう。きっと何度もイアの異常に気付くチャンスはあったであろうに。イアが自らだした合図だってあったであろうに。きっと自分たちはそれらを素通りしてきたんだろう。
自分の不甲斐無さに腹が立った。キースもそうなのか、さっきまでの真剣な顔とは打って変わって複雑な顔をしていた。日付が変わったあたりで、俺が先に沈黙を破った。
「とりあえず、明日ドクターのとこに行こう。どうせ、明日は大雪の予報で漁もないだろ。」
「明日は雪の予報、か……初雪だな。朝一でドクターんとこ行くぞ。」
地面から立ちあがったキースの後に続いて、俺も立ちあがった。少しだけ、尻が重かった気がした。