獄華蓮

コミカルな策略家は笑う

一方、扉から勢いよく飛び出した彼女を待っていたのは一人の教師だった。彼女は「あぁ、やっぱり」なんて頭の隅で思った。その教師の横をすり抜けようと思い足を進めたら、腕を掴まれた。彼女は大げさに溜息をついて、教師の方に顔も向けずに口を開いた。
「なんの用ですか、小池先生。私、これから生徒会の方に顔出さなきゃならないんですよね。用があるなら早めに済ませて頂けますか。是非、ここ以外の先生のテリトリーで」
そう口角を少し上げて言った。勿論、教師にその表情を見られてはいない。その教師は「ちょっと来い」と一言言って、彼女の腕を離した。そして彼女が自分の方を向いて、ついていく意思があると判断したところで歩き出した。彼女は「あぁ、この後も生徒会の方でも説教されるのにな……」なんて暢気なことを考えながら、教師の後ろをついて行った。丁度、屋上へ続く階段が見えなくなった辺りで、チャイムがなった。彼女は教師の後ろでニコニコと笑っていた。まるで、何かが上手くいって喜んでいるかのように。

チャイムが鳴り終わった辺りで、ようやく彼は動き出した。音を立てないように扉を開けて、静かに階段を下りた。階段を下りたところで周りを見回してみたが、彼女の姿はなかった。彼が遅刻した言い訳を考えながら教室に向かおうとしたら、聞き覚えのある声がした。屋上へ続く階段の横の、三階から四階へ続く階段から。静がにその階段に近づき、下を覗いてみた。その階段を上って来ていたのは紛れもなく、中等部時代に一緒に生徒会をやっていたメンバーの女性陣の二人だった。そのうちの一人、有園未幸が彼に気付き、あまり音をたてないように階段の段差を一つずつ飛ばして登って、彼の横まで来た。
「拓海、あんた式の後始末、サボったわね? 元生徒会ってこともあって色々仕事やらされて大変だったのに! 先生たちには言い訳しといてあげたから感謝してよね。 でもチャイム鳴った後までサボっててラッキーね。もしチャイム前に教室戻ってたら、元生徒会の人間がなんで式の後始末の方に行かないんだ、戻るの早過ぎるだろーって言われるとこだったわよ? 私の完璧な言い訳と噛み合わなくなるとこだったわ。てかあんた、どこにいたのよ?」
「未幸、拓海がついて来れてないって」
別にそんなこともなく、彼はちゃんと未幸の言ったことを理解していた。その中で一つ、疑問が残り、そのことを考えている姿を、会話について来れていない、と捉えられたらしい。しかし今の彼にはそれを訂正する余裕はなかった。彼がふと思った疑問とは、先ほどの彼女の行動のことだった。彼にサボりじゃないのか、と聞き、彼がチャイムの鳴る前に教室に戻ろうと思ったら引きとめ、挙句の果てには突然、明日会いに行くなどと言って、彼を硬直させた彼女。あれらの行動に意味はあったのか、と。
しかしあんな軽薄な彼女の態度に意味があったとは思えない。彼は偶然だ、と結論付けることで思考を止めた。
「あぁ、もう大丈夫。さっきまで屋上にいた」
「え、屋上?」
素っ頓狂な声をあげたのは神谷涼。今日は入学式ということもあって、スカートの下にいつも穿いていたジャージは穿いていないらしい。
「屋上がどうしたんだよ?」
彼はずっと階段付近に溜まっているのはどうかと思ったのか、彼が少し歩く素振りを見せると、後ろから女性陣二人もついてきた。そして廊下に響かない程度の声で会話を再開した。
「生徒指導の小池先生、わかる? ほら、入学式で服装とか生活態度の注意について説明してた男の……。なんでも屋上は、その先生のテリトリーって言われているぐらい、その先生に見つかりやすいんだって。ほら、屋上って立ち入り禁止じゃない? 見つかったら結構面倒みたいだよ。なんか、いつも待ち伏せしてるんじゃないかってぐらいの確率で、屋上から出てきた生徒は遭遇するんだって。だから拓海、ラッキーだよ」
「涼、ついて来れてないわよ拓海ったら」
実際、話は良く分かった彼だったが、またもや疑問が浮かび上がってきた。先ほどの彼女の行動のことだった。彼が屋上から出ようと思って扉の方に向かったら、制止をかけて、突拍子もないことを言って彼を硬直させ、彼より先に屋上から出て言った彼女。先ほどの件も考え、本当は意味のあった行動だったんじゃないかと彼は思い始めた。しかしやはりあの軽薄な彼女の態度に意味があったとは到底思えない。とりあえず明日、会いに来ると言った彼女に聞いてみよう、と彼は思考を止めた。
「そうか、そりゃ俺は余程幸運だったんだな」
心にもないことを口に出した辺りで、教室に着いた。F組、と書かれた前のドアではなく、後ろから入る。涼と未幸はまだ奥のクラスのようで、ヒラリと手を振って先へ進んで言った。彼は一度深呼吸して、教室のドアに手をかけた。

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