獄華蓮

コミカルな策略家は笑う

雲一つない快晴の下、この無駄に大きな学校の屋上に彼女は寝そべっていた。現在、第二体育館は入学式の真っ最中。午前のうちに始業式を終えた彼女は、入学式をサボるべく屋上にいた。彼女はこれでも生徒会の人間であり、入学式の参加は必須。しかし午前中の始業式だけで、元々零に近い気力を使い果たした彼女は入学式に参加することを拒んだ。勿論他の生徒会役員や教師が許すはずもないのだが、彼女は彼らの目を盗んで抜けてきたのだ。どうせ生徒会長である訳でもない、仕事なんて雑用ぐらいだろう、と。
ガチャ、と音がした。彼女が音のした方に目を向けてみると、きっちりと制服を着た黒髪の少年が立っていた。彼も立ち入り禁止であるはずの屋上に人がいることに驚いたのか、目を見開いている。数秒の沈黙の後、沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「見ない顔だな、少年。新入生か? それとも、もしや私より先輩?」
そう言いながら彼女は上半身を起こし、座った。すると彼が横に来て、立ったまま彼女を見下ろした。
「新入生、です。さっきの発言からすると、二年生ですか?」
「うむ。二年A組、霜月心。よろしく頼むよ、貝地拓海くん」
そう彼を見上げながら彼女が発すれば、彼はとても驚いたようでまたも目を見開いた。
「なんで俺の名前、知っているんですか?」
彼女は喉の奥で笑った。
「中等部の元生徒会長の顔ぐらい覚えているよ。ここにいるってことは、入学式は終わったんだ……。ねぇ少年、何組になった?」
彼女は先ほどまでのニヤニヤとした笑いながらの男らしい口調とは打って変わって、女子高生らしい口調でニコニコしながら言った。緊張した顔をしていた彼も、彼女につられて少しだけはにかんだ。少し引き攣ってはいたが。
「F組」
「また生徒会入るの?」
「……もう入るつもりはありません」
「なら何か部活に入るの?」
「……初対面の先輩に教える意味がわかりません。そろそろHR始まるんで帰りますね」
彼はそう言い放つと、彼女から視線を反らした。そして方向転換して扉へ向かった。そんな彼に、彼女は少し驚いて、彼の方に顔を向けて声をかけた。
「サボりじゃなかったの?」
「入学早々サボる馬鹿がどこにいますか?」
「ここにいる。私、去年の入学式後のHRサボったもん」
自信満々に威張る彼女に、彼は愕然とした。彼女のサボり癖は、彼女が高校一年生になる以前からあったもので、最初のころは注意する者もいたが、今ではそう煩く言うものはいなくなってしまった。
「……帰ります」
「あ、待って!」
呆れて物も言えなくなり、この場を立ち去ろうとした彼に、彼女は制止の声を掛けた。彼女はその場でくるり、と百八十度体を回転させ、座ったまま彼の方に体を向けた。そして右手を真っ直ぐ上にあげて「明日!」と言った。結構な声量で。一方彼は、彼女のそんな行動が全くわからなくて「はい?」と素っ頓狂な声をあげた。すると彼女は今まで以上の笑顔を見せながら言った。
「明日、会いに行くから待ってて! 多分、昼!」
彼女はそれだけ言うと、すくっと立ち上がり、彼の横を通り抜けて扉に手をかけた。扉を少し開けたところで彼女が振り向き、彼に「絶対絶対ぜーったいだからね。待っててね!」と言った。そして勢いよく扉を開けて、扉の奥へと消えた。その場にただ一人残された彼は茫然として立ち尽くした。彼女が最後まで閉めなかった扉の、ほんの少しの隙間からチャイムが聞こえて、彼は我に返った。そして髪をかき上げながらポツリと呟いた。
「これじゃ、あの先輩第二号じゃねぇか……。初日から遅刻だなんて、中学生の俺が見たらなんて言うんだろうな」
少しツッコミ所のずれた彼の台詞は、誰の耳にも入ることはなかった。

http://bungeiclub.nomaki.jp/
design by {neut}