南阜

人が死んだ瞬間に人は狂う

無我夢中で走っていると商店街のほうまで来てしまった。
大輔は「大丈夫か…?龍一」と心配そうに龍一の顔を覗き込む。
龍一は呼吸が乱れていて落ち着かない様子だ。大輔の手も震えている。
「…さ…れる」龍一は唇を動かした。
「あ?どうした?龍一?」
大輔は聞こえなかったのかもう一度訊き質した。
「…こ、ろされる…殺される…殺される…」
龍一は目をギョロギョロと動かし、まわりを狂ったように見始めた。
「何言ってんだ?大丈夫か?龍一?………龍一!」
錯乱している龍一の頬を大輔は思い切り叩いた。
「だ…大輔…」
正気に戻った龍一は、目を見開いて叩かれた頬を押さえた。
「しっかりしろ!縁起でもねぇこと言うな!」
大輔はぎゅっと拳を握り、龍一の目をしっかりと見て言った。
「…悪い…俺、どうかしてたよ…」
龍一は俯いて言った。
「……ったく止めろよな!そ、そういうこというの…」
大輔は怖がりながらも龍一の心を引きずり戻した。
「…ごめん……今日は帰ろうか…」
「そうだな…家に帰って休んだ方が良い…お互いにな」

それから二人は何も言わず、家に帰った。本当に一言も話さずに、ただ、俯いて歩いて帰った。大輔と別れて、龍一は家に帰ってから、すぐベッドに飛び込んで、目を瞑って深い眠りに落ちた。

         翌日
「龍一、起きなさい!学校行くんでしょ?」
龍一の母は、龍一の身体を揺する。
「…うん、行くよ」
龍一は静かに起きあがり穏やかな笑顔で言った。
「いってきまーす」
いつも通り、龍一は玄関を出て行った。
「大輔!」
「おはよ!龍一!」
「おはよう」
昨日、何事もなかったかのように、挨拶を交わし、歩き始めた。
二人が歩いていると、目の前に昨日の少年が現れた。
「くくくくくく、ひひひひひひ!」
逢った時と同様に気味の悪い笑い方だ。
「な、なんだ、コイツ!」大輔は驚いた。龍一は黙って息を飲む。
「ひひひひひひ!ひひひひひ!」
口が裂けそうなくらいに口角を上げて不気味に笑う少年。
「…っ、気味わりぃ!おい、行こうぜ!龍一!」
大輔は寒気を感じたのか、龍一の腕を引いた。
「あ、あぁ」
龍一は歯切れの悪い返事をしながら歩き始めた。少年から目を逸らさずに。
「ひひひひ、死ぬって知ってる理由、聞きたくないの?訊きたくないの?」
少年は龍一に聞こえるくらいの大きな声で言った。
「……何言ってんだ?このクソガキ!」
大輔は苛立ったのか、少年の腹を蹴り飛ばした。少年は道路に横たわり、
「うぐぅうううううっ…ううううう」とうめき声を上げる。
「大輔!さすがにやりすぎだろ!」と龍一は言って少年の方へ駆け寄った。
大輔は黙って横たわっている少年のほうをただ冷めた目で見ていた。
「大丈夫か?」
龍一は少年の身体を揺する。
少年は「うううううう…」とうめき声を上げるばかりで喋ろうとしない。
「…立てるか?」
龍一が優しく少年を立たせようとした。
「ヒヒヒヒヒ!おまえ!今日死ぬ!」
突然少年は起き上がり、龍一の腕を掴み、大声で言った。
「…っ!?」
龍一は突然のことに驚きを隠せず、腰を抜かした。
「その前に、そこのオマエ!ヒャハハハハハハ!」
少年は立ち上がり、大輔の方を指差した。
「俺が何だってんだよ!」と大輔は声を裏返させながら言った。
少年は「…ひひひ」と笑うと、地面に横たわるように倒れた。

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