南阜

人が死んだ瞬間に人は狂う

――この世の中は狂っている。


二×××年、日本では奇妙なことばかり起きる。つい三日前にも奇妙なことが起きた。
具体的に『奇妙』というと、公衆の面前で人が死んでいくのだ。三日前はちょうど、新しい総理大臣が就任したばかりだった。前の総理大臣は辞任したわけではない。総理大臣は記者会見中に自ら持ち込んだ拳銃で頭をぶち抜き死亡した。今回の総理大臣には、頭をぶち抜かないようなまともな人を選ぼうと、衆議院一真面目だと噂の大臣が就任したが、就任後の記者会見でボールペンを胸に突き立て、思い切り心臓を刺して死亡した。
今日も朝のニュースではそのことが伝えられていた。噂では「麻薬を使っていて幻覚を見て死亡した」とかインチキくさいことが言われている。街を歩いていても、当たり前のように地面には血痕が残っており、街中でも一日に人は死んでいるだろう。その原因は未だ不明となっている。
頭がおかしくなりそうなくらい世の中は狂っている。狂っているのは人の脳内なのかもしれない。しかし、世界は止まることを知らず、時は過ぎていく。
今年の夏はいつもに増して暑い夏が過ぎた。北海道でさえも、地球温暖化の影響でどんどん暑くなっていく。九州や四国の方では熱中症、脱水症状で死亡して行く者が増えた。…今はちょうど十二月。もうこの頃には、北海道はホワイトクリスマス、と言わんばかりに雪が積もっているはずだが冬とは思えないくらいの暖かさが北海道にもとうとう来てしまった。
「ありえねぇ…冬が暖かいだなんて」龍一は深いため息をついた。
「龍一!何してるの!大輔くん来ちゃうわよ!」
龍一の母は階段を駆けあがり、龍一の部屋に入ってきた。
龍一は「わかってるよ」と言いながら、着替え始めた。
「いきなり寒くなるかもしれないから、上着、着て行くか…せめて持っていくのよ?」龍一の母は心配そうに言っているのをみて龍一は笑った。
いつも通り頷いて、「わかってる。念の為でしょ?」と言って扉を開けた。
「あ、龍一!おはよー」
外では、龍一の友人の大輔が立っていた。大輔はにこりと微笑んで龍一に挨拶をした。龍一も頬を緩め、微笑んで挨拶をした。二人は歩き始めた。

「今日の授業で佐々本先生、最後だって」
大輔は思い出したかのように言った。
「え、なんで?」
龍一はきょとんと目を丸くして訊いた。
「転勤らしいよ」
大輔はさらっと言ってのけた。
「はァ?今時期に?」
龍一は理由を聞いて眉をひそめた。
「なんか、ねー」
大輔は返事の歯切れが悪くなった。
「……」
龍一は答えを察したのか、黙り込んだ。
「……ホントのこと言うと、死にたくないんだと」
大輔は少しため息をついて言った。
「…今、こういう世の中だもんな」
龍一は悲しそうに言った。今の時代、死にたくないと言って隠れるように、居なくなる人なんていて当たり前。そのような国に日本は成りあがってしまったのだ。
「一番死んでる都道府県って、北海道なんだろ?」
大輔は龍一に訊いた。龍一は静かに頷いた。
「…らしいなー」
「殺人は東京が第一位、自殺は北海道が第一位。こないだワイドショーでやってたぜ」少しふざけた様に大輔は言った。実際、笑える話でもない。
「…馬鹿馬鹿しいな。でも、これ、地球温暖化なんかより、もっと深刻な問題だよな…」と龍一は俯きながら言った。
「たしかに、そうだよな。高校生の俺らから見ても深刻、残酷な話だぜ」
大輔は身体を震わせながら言った。

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