「はいはい、確かに約束しちゃいましたね。
だけど覚えていない相手にあんな形でいきなり答えを出させるのは卑怯じゃねぇか?」
「今更になって駄目だなんて、男に二言はないよ。」
子供はツンと俺の言葉を跳ね返してきた。
「・・・お前さぁ、親とか心配してるんじゃないかなぁ?とりあえずお前名前は?」
「名前・・・蝶?」
子供はきょとんとした顔で答えた。
「チョウ?・・・中国人か?」
疑問系なのを気にしつつ、俺は問い返した。
「ううん、羽ついてる蝶。ちなみに中国人じゃないし、人間でもない。」
「あ〜、もしかして君は自分が昆虫の蝶だとでもいいたいのかい?」
ふざけ半分で問うと、子供は真顔で答えた。
「そうそう、俺その蝶だよ。」
「・・・。」
真顔で答えられるとリアクションに困ってしまう。
おいおい、蝶って・・・。
「お兄さん?」
布団から少し出て、子供は首をかしげた。
子供の傍らに膝をつくと、子供は目をぱちぱちさせて俺のほうを見た。
「子供の遊びに付き合うほどお兄さん暇じゃないんだけどなぁ〜。」
そう言いながら、子供の両頬を横に引っ張ってやると、子供は暴れながら喚いた。
「ほんほーはっへ!」
「どこに人の形をした蝶がいるっていうのかな?それとも戦隊ごっことかそういう遊びの類か?」
「ちがうってば!」
子供は俺の手から逃れると、両頬を擦りながら言った。
「にわかには信じられないかもしれないけど、本当に蝶だもん!」
「・・・警察連れてったほうが手っ取り早いか。」
付き合ってられないと思い、110番に電話をかけようとすると、素早い動作で携帯をひったくられた。
「信じてよ!」
「・・・信じてよっていわれてもなぁ。」
「ほんと・・ちょうだも・・・。」
(・・・。)
泣きそうな顔を見て、俺の中の良心が酷く痛んだ。
馬鹿だとは思う、けれど子供の泣き顔に弱いのだからしょうがない。
「・・・はいはい、蝶ね。」
「!!」
こちらを向く強い視線を感じた。
「信じたわけじゃねぇぞ。ただ泣かれるのは面倒だってだけで・・・。」
「・・・ありがとうお兄さん。」
ちらりと横目で子供を見ると、ふんわりと微笑む顔が見えた。
その顔に不覚にも胸が高鳴るのを感じ、決まりの悪そうに顔を背けた。
「明日は本気で警察に連れてくからな!」
言い切ったところで子供のほうを向くと、子供は布団の中で規則正しい寝息を立てていた。
「・・・こっちはお前のせいで胃が痛いし、悩み苦しんでいるっていうのに、気持ちよさそうに寝やがって。」
一発頭をはたいてやろうと手を振り上げたが、安心しきった顔で寝返りを打つ姿を見て、はたく気は失せた。
振り上げた手は目的を失って、空中に留まる。
「はぁ〜。明日は覚悟しろよ?」
そう言って空中に留まっていた手を下ろし、乱暴に子供の頭を撫でた。
触れた髪の毛は絹のように指の間を滑り、するするとすり抜ける。
天使のような寝顔を見つめながら、俺もいつしか眠りに落ちていた。