その日、家へ帰ってから一日の疲れを取るためにシャワーを浴びていた。
できれば1日頭にこびりついている悩みも拭い去れればいいのだが・・・。
何度顔を冷水で洗っても、夢から覚めたような感じもしないし、どこか現実ではないような違和感も拭えない。
蛇口を捻り、多少すっきりした気持ちでバスルームを出る。
頭をタオルで乾かしながら居間へ戻ると、折りたたみ式の小さいテーブルの前に胡坐をかく小さな影があった。
足音に気がついたのか、蜂蜜色の頭がぴくっと跳ねる。
振り向いて微笑んだのはやはり昨日の子供だった。
「また着ちゃった。」
「着ちゃったって・・・。」
隣に座ってじっと見つめると、子供はにこにこしながら見つめ返してきた。
本当に夢でも幻でもないのか、そっと頬に触れると確かに手に柔らかい感触を受けた。
「何?くすぐったい。」
「・・・なんでも。」
クスクスと控えめな笑い方を見て可憐という言葉はこういうものを指すのだと勝手に思った。
「お兄さん、鍵かけないでくれてたんだね。ありがとう。」
「!!・・・やっぱりお前蝶って言ってたの本当だったのか!?」
「ずっと言ってたのに。やっと信じてくれた?」
「いや・・・普通信じられないだろ。第一人間が僕は蝶ですなんていって信じるやついるか?」
「・・・。」
「俺だって、まだお前が蝶だってこと半信半疑だよ。」
子供は頬を膨らませて膝を抱えた。
「・・・信じたいけどよ。この歳でメルヘン信じるっていうのは無理あるって・・。
お前がこの場で蝶に変わってくれれば少しは信じられるんだけどなぁ。」
実際蝶の姿に変わるのをこの目で見てみたいという好奇心もあり、期待するような視線子供をに向けた。
「無理。」
予想はしていたが、そんな速く返事を返される悲しいものがある。
「いくらなんでも即答は酷いじゃねぇか。」
「だって・・・・。」
口を摘むんで考え込んでいる背中を見つめた。
「ここに泊めてやってるんだから、せめてお互い正体くらいは知っておきたくねぇか?
・・・って、やっぱそんな簡単にいえねぇこと?」
「・・・お兄さん誰にもいわない?」
ちょっと振り向いた顔を見ると、瞳は不安で揺らいでいる。
「・・・ああ。いわないから絶対。」
真剣な顔でそう約束すると、子供は正座をして話し始めた。
「月の光に照らされるとね、人の姿になるの。そして朝日を浴びれば蝶の姿に戻るの。」
ゆっくりと言葉を探し紡いでく。
その言葉はやけに頭に響いた。
「月の光で変身・・・みたいな感じか?」
「うん・・・。」
子供は俺の様子を伺うようにチラチラと表情を盗み見ていた。