梔子いろは

「行きはよいよい、帰りは…」

《四ノ話・一二三火相(ひふみ ひあい)》

 至愛の話はやっぱり胸糞悪い話だよな。俺はもっと良い話、してやんよ。俺がするのは、こないだ会った河童の話だ。河童っていうのはなぁ、杓子持って歩ってんだよ。知らねぇか?ほら、頭の皿が乾いたら死んじまうんだろあいつ等。だからその皿に水掛けんのに持ってんだと。
 この間山に行ったんだ。なんでってネタ探しだな。怖い話のネタ探し。そうして山の中を歩きまわってた時だな。疲れたから川の近くで一休みしてたんだ。そしたら、偶然出会っちまったんだよ。その、河童によ。本で読んだ姿なんかしてねぇんだぜアイツ。俺も最初見た時は分からなかったもんだ。そうだな、ちっこい爺さんが緑の甲羅背負ってると思ってくれれば早いかな。兎に角、その爺さんが自分で名乗ったんだよ。儂が河童だってな。もちろん信じなかったぜ。だって、その辺にいる爺さんに甲羅背負わせたような奴だぜ?信じる方がどうかしちまってる。暢気に釣りなんかしちまってよぉ、しかもちゃっかりクーラーボックスの中に釣った魚入れてんだよ。随分、現代的な河童だよな。俺は聞いたぜ。あんたは本当に河童なのか、ってな。
そうしたら、さっきも言ったじゃろう、河童じゃ。って言うんだよ。じゃあ何か証拠を見せてくれって言ったら、取りだしたのがあの杓子だ。これが河童の証拠だ、ってな。普通河童っつったら皿だろ。皿見せてくれって言ったら、そんなの昔の奴だけだってな。じゃあ今の河童は何だって言う話なんだが、それこそ杓子だっつう話だ。もうその頃は訳分かんなくなっててな、俺もじゃあそれでいいやってなってたんだよ。そいで、爺さんの話聞くとな、奴は河童の後継者を探してるんだそうだ。意味分かんねぇよな、河童って受け継ぐものなのかよ。そんな中奴は俺に唐突に杓子を渡したんだよ。俺は反射で受け取っちまってな。そうしたら爺さんはニヤリと笑って、こう言ったんだよ。
お前は今日から河童だな、ってな。あの杓子は河童の証だ。受け取ったのが間違ってたのさ。返そうにも奴は受け取っちゃくれねぇ。自分で跡取りを探せ、って言うんだよ。しかも、一回なっちまったら百年先まで杓子は手放せねぇってよ。じゃあ俺は百年も生きて爺になってから杓子をやっと手放せるのかと聞いたらそうだと言う。しかも河童なんて何すっかわかんねぇだろ。俺だってそんな得体の知れないものに関わりたくないからな。そうしたら爺さん、ただそれを持ってるだけで良いと。じゃあ俺も投げやりでな、あっそ。って言ってそのまま杓子持ち帰ってきたんだ。
だから今お前らの間目の前にいる俺は河童なんだよ。あ、軍神、お前疑ってんな?いいよ、じゃあ次の河童はお前だ。百年後、楽しみにしてろよ?杓子ひっさげて迎えに行ってやるよ。あぁ、そう考えると楽しみだな。
 河童の押し付け合い、なかなか変な話だろ。なんでも河童って言うのはよ、もともと存在しなかった妖怪なんだ。昔作物泥棒があまりにも頻出するもんだから、河童つう妖怪にこじつけて、無理やり他人に罪を着せて殺すための名前なのさ。西洋の魔女狩りがいい例だ。代々恨みを買って死ぬ生贄が河童なんだよ。だけど今ならそんなことねぇだろ?普通に暮らしていても何の心配もいらないのさ。だから俺は安心して河童を継げるってわけ。中々無い機会だ。精々楽しませてもらうぜ。まぁでも死んだ時はその時だな。恨みと無実に殺されたと思ってくれればそれでいい。俺は河童に殺された。運が良ければ一生襲われることもない。多少のスリルをあの爺さんはくれたんだ。なら俺も、その楽しい話に乗ってやんないとな。毎日はやっぱ楽しくだぜ。
おっと、話が過ぎたようだな。あ、お前ら。明日から間違っても俺にキュウリとか食わすんじゃねぇぞ。俺あの野菜がすげー苦手なんだ。なんでって、生まれつきだよ。味もあんまりしねぇし、あの水っ気たっぷりなのが嫌だね。漬物にされようが生で出されようが、食わねぇものは食わねぇからな。河童だって好き嫌いくれぇあるんだよ。だって、人間だから。ふう、話聞いてくれて御苦労さん。次は軍神だぜ。さ、面白い話、聞かせてくれよ?

http://bungeiclub.nomaki.jp/
design by {neut}