梔子いろは

「行きはよいよい、帰りは…」

《一ノ話・乙姫巫女巫(おとひめ みこみ)》

 じゃあまずは僕から話すねっ。あのね、実は僕の家は実は神社なんだよ!えへ、言ってなかったもんね。びっくりした?僕の実家には色々なものが安置されてたんだよね。髪の毛の伸びるお人形や、河童のミイラとかね。珍しいでしょ?大抵はお父さんがお祓いして、お仕舞なんだよね。実際そんなに強力なおばけがそうそういるわけじゃないもの。だから、お祓いしたらそれっきりなの。
 でもね、その中にいたんだよね。とびっきりの、おばけ。
 今みたいに、蒸し暑い真夏のことなのでした。僕が丁度小学三年生の時。…む、誰なの今でも小三だろって言った子。あとで怒っちゃうからね!まぁいいや、でね、倉庫にね、イタズラしに入っちゃったの。本当は禁止されてたんだけどね。子供には子供特有の好奇心ってものがあるもの。仕方のないことだよね。うん、それでね、偶々見つけちゃったの。何をって、お祓いしたての曰くつきな物。前日にばっちり見てたの。そいで、憶えてたってわけ。大きな棺桶だったなぁ。丁度一二三君が入れるくらいだよ。ね、すっごく大きいってことが分かるでしょ?
 今思えば、すごく危なかったなぁ。だって、明らかに周りの空気って言うの?その棺桶の近くの空気が、どろんってしてるの。淀んでるって言えば的確かな。そんな感じで、濁ってたのね。でもその時の僕はそんなことに気付く程大人じゃなかったから、うっかり、近づいちゃったの。ほんの少しの好奇心だよ。中に何が入ってるのかなって、気になっちゃったんだよ。怖いもの知らずだよね!今だったら、絶対出来ないんだからっ。
 お顔の所に、小さな窓があったの。そこを開ければ、何が入ってるか一発で分かるから、思わず手を掛けちゃった。
するとね、今まで半開きだった倉庫の扉がバターンて閉まっちゃったんだよ。不思議だよね、風なんか全然吹いてなかったし、誰かが閉めたってわけでもなかったの。でも、閉まっちゃったの。イキナリ真っ暗になっちゃってね、ホント怖かったんだから!
 でも、そんなときでも、子供って順応が早いのね。暗闇に目が慣れたころ。まだ指が棺桶窓の取っ手に指が掛ってることを思い出したの。それでね、止めれば良いのに、指引いちゃったの。勿論開いたよ、窓。そのまま僕は中を覗き込むようにして身を乗り出した。
 ガッ!て、顔ごと中に引きずられたよ。棺桶の中は何ともいえない臭いがした。あれが腐臭って言うのかな。何日も何日も、冷蔵庫のコンセントを抜いた夏の感じ。酸っぱい臭い。吐き気を催す臭い。それがね、ぷんと鼻を衝くのね。思わず「うっ」て呻いちゃったよ。
 でもどんどん中に引きずり込まれちゃって、結局肩の所まで引っ張られちゃって。またまた、よせばいいのに、怖くて瞑ってた目を開けちゃったんだよね。もう、どんだけ頭悪かったのかな。
 鼻がぴったり付く距離に、それはいたよ。元の姿形は蕩けちゃって分からないけど、確かにイキモノなんだよね。生臭い息がはぁって掛かって、うっかり、気を失いそうになっちゃった。でも、そこでキゼツしたらジ・エンドでしょ?だって、おばけに襲われてるんだよ。小さな私にだって、この先どうなるか見えてたんだね。
 怖くて怖くてどうしようも無くなって、でも体はどんどん引きずり込まれるの。想像つくかな?どんなに足掻いても無意味なの。でも僕は諦めなかったよ。てへ☆勇敢でしょ。本当に、死ぬ気で頑張ったんだから。
 腕とか足とか、バタバタ暴れちゃってさ。偶然なんだよ、ホントに偶然。もがいてた指がぶすって、穴を突いたの。
何の穴かって?所謂、眼窩ってやつですな!ねちゃ、みたいな、ぐちゃ、みたいな気持悪い音がして、急に、頭を掴む力が弱まったの。だから急いでさ、棺桶から抜け出たよ。
イキモノはね、棺桶の中でバッタンドッタン暴れてた。痛かったんだろうね。だって目の中突いちゃったんだもん。
それでさ、扉の所まで駆け寄ったんだけど、引っ張ってもびくともしないのね。一生懸命、取っ手をひっぱるの。でも開かないし、後ろから呻き声が段々近づいてくるのが分かったから、慌ててお経だよ。習いたてだって、何とかなるもんだよ。それまで一ミリも動かなかった扉が開いたの。
後は転がるように逃げたよ。だって追ってきてたら怖いもんね。お父さんにバレない様にそっと部屋に戻って、ふっと一息だよ。あぁ、ホント、思い出すだけで夢に出てきそう。生臭い息がはぁって、ね?これで僕の話はお仕舞。
さ、次は真赤くんっ。よろしくね☆

http://bungeiclub.nomaki.jp/
design by {neut}