梔子いろは

「行きはよいよい、帰りは…」

大学サークルの中でも珍しいと言えるのが、僕の所属する《倶楽部》とだけ銘打っている不思議な部だ。メンバーは、たったの五人。勿論、自身も入れての話である。しかし男女の均衡は取れていて、男三人に女二人。それぞれ個性的なメンバーだ。特に狂巳さんなんかは…いや、それは後の話に持ってこよう。そんな僕らが集まるのは月に一回。場所は生物準備室。行うことは唯一つ、最強に最恐で最凶に最狂の物語を語ること―――。

***

「あれ、まだ二人しか来てないんですか?」
扉を開けると顔なじみの人間が二人。二年生の生井真赤さんと、三年生の一二三火相さんだけだった。二人ともそれぞれが同じ部屋にいながら別なことをしているのが妙に面白くて、僕は何だか笑ってしまう。
「あ、軍神。何笑ってんだよ。」
ほら、一二三さんが突っかかってきた。
やけに怒りっぽいこの人は、見た目はヤンキーだが中身は『漢』といった素敵なお兄様である。缶ジュースを奢ってもらった事もしばしば。でもビールは何度頼んでも奢ってくれたことは一度もなかった。お兄様曰く、お子ちゃまに酒はまだ早いそうだ。僕だってもう二十歳なのだから、十分飲んでも良い筈なのだが、そこは一二三さんルールで通らないらしい。そのうち絶対奢ってもらおうと画策中だ。
「いや、別に。一二三さん、他の方々は?」
「さっき巫女巫先輩からは連絡があったよ。少し遅れるんだって。」
 一二三さんの代わりに答えたのはインテリ系優男なお兄さんタイプ、生井さんだ。銀縁のフレームを厭味にならない細い指で押し上げると、ふんわり、微笑んだ。成程、これがファンクラブを持つほどの器がやる顔か、いつか使えるかな。無駄に思考していると、ドタドタと喧しい足音が準備室の前を駆け抜けて行った。ちょっとしてからキキーと足ブレーキの音。それからタッタッタと音の持ち主は僕たちがいる部屋に近づいてきて、カチャン、ノブに手を掛けた音がした。このやたら『音』を運んでくる持ち主は、一人しか該当しない。バッターンと大きな騒音を奏でた扉の先に構えていたのは、少し幼めな顔立ちの少女。いや、少女と表現するのは間違ってるか。だって、彼女は一番年上の四年生なのだから。
「御免ね!遅れちゃったね!…あれれ?まだ三人、かな?」
「こんにちは、巫女巫先輩。猛ダッシュ御苦労様でした。」
「こんにちは勇君っ。うん、お粗末様でしたっ。」
「いや、それ使い方間違ってますよ先輩。」
 ふうふう息を切らして小さな顔とは反対に大きな瞳の上にピースを作ると、てへ☆と舌をペロンと出した。その様子を見ると益々大学四年生だとは思えない。良くて小学三年生だ。尤も、本人にそう言うともっぱら怒るのだが。
「んにゃ?狂巳ちゃんはまだかな?」
「まだみたいですよ。もうそろそろ来てもいい頃だとは思いますけど。」
「アイツ、何回目の遅刻だこれ!」
既に気の短い一二三さんは切れかかっている。騒ぎ出す前に是非狂巳さんには来てほしいものだ。前回は僕のカップが犠牲になっている。その前は確か生井さんの携帯電話。だから今使ってるのは二代目だ。逆パッカンで悲惨なことになってたな。…合掌。
「ごるぁぁぁ至愛!いるなら返事しろ馬鹿野郎!」
 ほら、例の如く騒ぎ出した。
「ちょっ一二三さん!そんな大声上げたら周りの迷惑になりますから!」
「うるせー生井!眼鏡かち割んぞ!」
「えぇ!困りますってば!うぁ、返してくださいって!」
 可哀相な銀縁眼鏡が驚くべき握力によって握りつぶされそうになったその時。
「黙らっしゃい愚民!馬鹿に馬鹿と呼ばれる筋合いはございませんわ!」
 女王様、御登場ってところ?黒い艶やかな髪をストレートに下ろしてカツーンをヒールの高い靴を履きならしながら、至愛狂巳さんは現われた。てか、十分の遅刻です。
「あら、私が最後ですの?これは失礼しました。」
「いえ、大丈夫ですよ。大丈夫ですからアレ止めてあげてください。」
 ミシミシと軋む眼鏡は今にも割れそうである。一二三さんを止めるよう彼女に言うと、やれやれと言いながらも応じてくれた。あの風格は正に女王様の名に相応しい。
「こら火相。お止めなさい。真赤が嫌がってるでしょ。」
「んだとコルァ。元はと言えばお前が遅刻してくっから悪いんだろうが!」
「だからさっき謝ったでしょう。耳も遠くなりましたの?」
「〜〜〜ぶっ飛ばす!」
 一触即発。多分一二三さんが狂巳さんを殴ることはないと思うが、心配は心配だ。万が一の時のために自らも出れるよう心の準備だけはしておく。がその時。
「悪い子はメッ!だよ?」
 ピキーン、場の空気が凍った気がした。声は朗らかだが、振り向けばその眼は全く笑ってないことが分かる。
「分かったの?分かってないの?」
「「よーく分りました!」」
ロリ系四年生の最強の権力者、乙姫巫女巫が君臨していた。可愛い笑顔の裏が見えそうで本気で怖い。さっきまでいきり立っていた二人もカチコチに固まっている。無理もない、この最強モードの巫女巫先輩が見れるのなんて多くて一年に一回くらいなのだから。とすると、今はとっても珍しい時ということになる。写メでも撮っておきたいくらいだ。
「では、今回の会合を始めたいと思いまーす☆」
「「「「よろしくお願いしまーす。」」」」
 今回は巫女巫先輩の挨拶から始まった。それぞれ椅子に付き、円形にテーブルを囲む。先輩を先頭とすると、時計回りに生井さん、狂巳さん、一二三さん、そして最後に僕。
この順番で、話は回されるのだろう。部屋を暗くして、蝋燭を五本用意する。燭台に一本ずつ灯して、準備は完了だ。
 
それでは皆々様、しばしの間お話にお付き合い申し上げます。

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