あの時別れるのが怖かったのは相手に嫌われるのが怖かったというわけではないと思う。
私はただ恋人という存在が消えるのを恐れていただけで、
彼という一人の人物に対してはどうとも思っていなかった。
たとえ彼がデートで何かを奢っても、
プレゼントを贈ってくれたとしても胸がキュンなんて体験をしたことはなかった。
雰囲気に心が揺れていただけ、酔った頭では物事をしっかりと判断することができなかったのだ。
会話やデートが本当に嬉しかったのか、私は彼のことを好きだったのか、
アレはなんだったのだろうか・・・恋と呼べるものだったのだろうか?
改めて自分に問い返してもロマンチストならではの夢想的な台詞は浮かんでこなかった。
笑い話にもならない若気の至りもいいところの私の初恋の思い出。
「ねぇ、ちょっと聞いてるの?」
少し怒り気味の声が耳元で響いてはっとした。
視線を上に向けるとむっとした表情の前の席の女の子がいる。
「全然反応がないと思ってたら違うこと考えてたんでしょ?」
図星をつかれてしまいうまい言い訳も思いつかず、私はとりあえずごめんと言った。
それでも機嫌が直らないのかその子は黙ったままである。
入学式に出席番号が前の子と喧嘩なんて冗談じゃない。
もう一度心から謝ってみると多少は気を良くしたのかぎゅっと閉じられていた唇が真一文字になった。
これ以上この子と話してまた気を悪くしたら今度こそ危ないと思い、
私はトイレといってその場を逃げるように離れた。
廊下を出るとクラスの離れてしまった仲良しグループのような人達が輪になって話している。
その群れを掻い潜って真っ赤なてるてる坊主の標識を目指して直進した。
適当な方向に歩いてきたのだが、少し歩くと廊下の端に高校のトイレとは思えない
可愛らしいピンクの色合いのドアが見えた。
ドアの前で来ると曇りガラスに黒いもやもやがいっぱい映っている。
ギイっという音をたててドアを押すと、
予想はしていたが女子トイレの中は満員のエレベーターのようだった。
反射的に我慢しようという考えが脳裏に浮かび、私は踵を返してトイレから出た。