魅闇美

モザイク

「麻美(あさみ)ちゃんは好きな人いる?」
高校を入学したその日、式が始まるまで教室待機をしている時間に 前の席に座っている子がそんな質問をしてきた。 どうしてそんな話になったのかは思い出せないけれど、 入学したばかりで共通の話題もなかったからなんとなくそんな話になったのだと思う。
「ううん。この前元カレと別れたばかりだから・・・」
「あー、そっか。」
私が言い終わる前にその子は言葉を遮った。そして早々と自分の恋愛話に持っていく。 単に自分の恋愛話をしたかったからこんな話題を出したのかもしれない。
その子は勿体ぶるように今の彼氏とどんな出会いをしたのか話し始めた。 私は曖昧な相槌を打ちながら、その話を聞き流した。そして話そうとして遮られた元彼のことを思い出す。

付き合い始めたきっかけは彼がメールで告白をしてきたことだった。
メールの画面には〈好きだ〉という文字と、その横に気の抜けるような笑顔の顔文字が並んでいた。 本当に本気なのだろうかと問いたくなるような文だった。
けれど初めての経験なだけにこの文が本気なのか冗談なのか私には判断るために比較するものがなかった。 自分にあるのは本で読んだことのあるどこか現実離れした告白の仕方だけである。
愛の詩を贈るとか、花束を贈るとか、自作のラブソングを贈るだとか・・・どれもロマン溢れるものばかり。
そんなロマンが日本の中学男子に備わっているわけもなく、比較する材料としては使えない。 結果私は初めての告白にうろたえるばかりだった。うろたえるばかり・・・いや、ほんの少し嬉しかった。
本気なのか冗談なのかは別として、誰かに好かれることに悪い気はしない。 それに彼氏いない歴=自分の年齢という記録を消すことに誇らしさも感じていた。
思い浮かぶのは自分にとっていいことばかりで、断る理由なんて見つからなかった。
そして私は彼と付き合うことに決めた。

最初のうちはよかった。
学校帰りに同級生や後輩の視線を浴びながら、手をつないで一緒に帰った。 気恥ずかしくって俯いたり、手を繋ぎたいのに言い出せないもどかしさが胸の奥にもやもやと広がっていた。
視線が合うだけでそのもやもやはぶわっと広がって胸詰まりそうになる。
歩調や会話、彼との距離など細かいところまで気を使うようになって疲れはしたが、別に苦痛だとは思わなかった。 この胸の苦しさや少しのことでいろいろ悩む全てのことが恋のせいなんだ、私は恋をしているんだと浮かれていた。 恋なんかじゃなかったくせに、ロマンチストは全てをロマンチックに転換して現実を有耶無耶にしていた。
恋のなんたるかも知らない中坊が勘違いの恋に浸かって酔っていただけなのに・・・
でも酔いはいつか冷めるものである。
口下手な彼を初めは可愛くも思えたが、自分の話のネタがなくなってきた頃だったか話題を切り出すわけでもなく いつも話を聞く側に回る彼に腹が立っていた。話題を必死になって探す自分が馬鹿みたいで。 告白してきたなら少しは相手のことを楽しませてあげようと思わないのか、 と不満が口から出そうになったがそんなことを言って別れることになったら怖かったから言葉を飲み込んでいた。
メールをしていた時も恋人の存在を認識するだけで、愛を確認するなんてものじゃなかった。
内容も結構どうでもいいことばかりで適当に目を通し機械的に返信を打つ。
たまにふと思うことがあった、なんでこの人と付き合っているのだろうと。
この時すでに私の心は冷めていたのだと思う。
二人を繋いでいたものは滑稽なメールのやり取りで、愛とか恋とかそんなものじゃなかった。
だからメールのやり取りが途絶えた途端、私たちの関係はいとも簡単に壊れたのである。

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