魅闇美

モザイク

これからどうしよう。
教室に帰っても前の席の子と気まずいし、他の人と話すにしても同じクラスにまだ友達はいない。
積極的に誰かに話しかける気分でもなく居場所を探してふらふらと廊下を歩いた。
入学式までは30分くらいある。早めに家を出すぎたかもしれないと後悔した。
はぁと深いため息をつきながら行き着いた先は廊下の端。
いや、曲がらずに歩いてきたのだから端に行き着くのは当たり前であるが。 廊下の端には窓があって、そこから漏れている外の光が眩しかった。
やることもないし暇つぶしに外を眺めようと近づいたのだが、 ここが1階なだけに景色が良いというわけでもなく眼に映るのは大きな木の幹だった。 他のほうに目を走らせても中途半端に手入れされた花壇と雑草、 それと人工的に植えたような芝生カーペットが敷いてあるのが見えるだけである。
「なんだこの中庭は。」
嘆息混じりに呟くと、心に溜まっていた愚痴が次から次へと口から零れた。
「だいたい誰かに恋の話を聞いてほしいなら 私なんかじゃなくてもっと恋愛豊富そうな子に話せばいいのに〜。 女の子が全員恋愛話が好きなんて思ってたら大間違いなんだから。 いや、私だって嫌いじゃないけど全然ロマンチックじゃなくておもしろくな〜い。 ・・・そうよ、乾いた心を潤すような情熱的な愛とかさぁ・・・ 君がいれば世界はバラ色に染まり心は幸せに満たされて・・・ なんて現実にこんなこという男いたら気持ち悪いか。」
そうやって一人劇場の幕を閉じるのと同時に、下からくすくすと堪えたような笑い声が聞こえた。
身を乗り出して窓の下を除いてみると、色素の薄い大きな瞳と目が合う。
その子の瞳に映った自分はぱちぱちと瞬きを繰り返していた。
そりゃ驚きもするよ、なんせ人が下にいると思ってなかったんだから。
思ってなかったからあんな愚痴を・・・愚痴を・・・、・・・聞かれた??
瞬間、さっき言っていた言葉が頭の中で反復された。
(君がいれば世界はバラ色に〜、世界はバラ色に〜、バラに〜・・・)
羞恥心に顔が一気に朱に染まった。
「さ、ささささっきの・・きぃ・・て・・・っ。」
うまく口が回らず文章になっていなかった。
それなのに彼女には何と言ったのか解ったらしく、言葉を返してくる。
「ごめんなさいっ。あの・・私、ここ、ずっと座ってて・・・ えと、聞くつもりじゃなかったんだけど・・聞こえてきて・・・。」
彼女のほうも相当焦っているのか声が裏返ったりかみまくりだった。
「ぜ、ぜんぶ聞いてたのっ?あの・・ば、バラがっていう・・っっ。」
そう問うと彼女は躊躇うように首を縦に振った。
穴があったら入って隠れたかった。だけど近くに穴がないから、その場から走って逃げた。
きちんと着た制服や念入りにセットした髪が乱れようとも気にしなかった。
廊下に自分の足音がに響き渡る。
顔が熱いのは走ったせいかそれとも羞恥心のせいか、両方かもしれないけれど。 頭の中で自分の言った恥ずかしい台詞をBGMに彼女の動作が映像化され再生される。
恥ずかしくて死にそうだった。
独り言であんな台詞をいってそれを聞かれて笑われて、 しかも今日は入学式なのにあの子がもし自分の顔を覚えていて 他の子に言いふらしたりなんてしたら高校生活おさきまっくらだ。
小学生ではないのだからイジメはないと思うが距離を置かれるのは覚悟しといたほうがいいだろう。
絶望に生き埋めにされるような気分だった。

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