南阜

春の奇跡

「ってね〜、うっわ―懐かし〜」
要はニヤニヤと笑いながら春樹の方を向いた。
「え、俺、そんなこと言ってた? 恥ずかしい〜、あ―帰りて〜」
春樹は顔を手で隠すようなしぐさを見せた。
「最初のころは大人しかった奴が実はめっちゃ喧嘩強いって、ギャップがな」
優もニヤニヤしながら笑って春樹の方を見た。
「…お前のニヤニヤはキモい」
春樹は蔑んだ目で優の方を向いた。
優は「ひでぇ! なんで要には言わねぇんだよ!」と言った。
すると春樹は「要はいっつもにやけてるから慣れた」と言った。
「失礼な! 俺はいつもニヤニヤしてねぇ! 俺はスマイル振り撒いてるだけだし!」
要はプンプンとわざとらしく頬を膨らませて言った。昔話をしているうちにバスが来た。春樹達は一番後ろに乗り、先程の話の続きを話していた。
「あれがあってから、城嶋は威張ることもなくなって春樹見たらビクビクしてさ!」
優は春樹の肩をポンポン叩いた。春樹は優の方をチラッと見て「まぁ、たしかに。あれがあったおかげで他のヤツらも普通に接してくるようになったしなぁ。城嶋の圧力でもあったのか?」と言った。要は「さぁ?」と笑って言った。 しばらくバスに揺られていると、一人の女子生徒がバスに乗り込んできた。艶のある黒髪を揺らし、おしとやかな雰囲気をまとっている女子生徒だった。
要はつい「あっ!」と声を上げてしまった。春樹は「ば、馬鹿!」と要の口を塞いだ。
その声に気がついたのか、その女子生徒は振り返った。
「…あ、藤原…」と要の名前を呼んだ。「おはよー、下野!」要は笑って言った。
その女子生徒の名前は下野 裕子。要と春樹と同じクラスの子だ。
「あ、えっと…おはよ…」と春樹はぎこちなく挨拶をした。すると裕子はそっと笑って、
「おはよう、宮本」と言った。春樹は顔を綻ばせ、嬉しそうに笑った。
「あれーどうしちゃったの? 下野も寝坊?」
要はわざとらしく、チラッと春樹の方を見てから裕子に話しかけた。
「そんなわけないでしょ! あんたと一緒にしないで! 風邪気味だったから、病院に行ってたの!」と軽く怒ったがすぐに裕子は笑顔に戻った。
「へー、風邪、大丈夫?」
春樹は少し心配そうに裕子の顔を覗き込んだ。
「あ、うん。大丈夫だよ」
裕子はにこりと笑う。自然と春樹の顔が赤くなる。春樹はつい、俯いた。
「へ〜君、下野さんて言うの? よろしく俺、前田 ゆ「なにナンパ口調で言ってんだボケが!」…すみません」優がナンパ口調で話しかけている最中に春樹は、鬼のような形相で優の方を見て怒った。優はすぐに謝った。
それを見ていた裕子は「ふふっ」と笑った。
「なんか俺ら不良みたい、あはは!」
要はふざけた様に笑って言った。
「でも、宮本が寝坊なんて、珍しいね」
裕子は目を丸くしながら言った。
「いや、なんか。寒くて起きれなかった」
春樹は少し困ったように笑うと、裕子はくすっと笑った。
「なんか、宮本その理由可愛い〜」
裕子はツボに入ったのか、しばらく笑い続けていた。 「そ、そうかな? でも、俺しょっちゅうそうなって何度遅刻しかけたか…」
春樹は少し照れたように言った。
「ふふ、宮本ってあんまり話したことなかったけど、やっぱり面白い人なんだね」
裕子は少し嬉しそうに笑った。春樹が「…そ、そう?」と困ったように笑っていると、耐えきれなかったのか、要が「ぷぷぷっ」とわざとらしく笑った。
「…要…てめぇ」
春樹は“空気読めよ、お前”と言わんばかりの表情で要の顔を見た。
「ぶ、な、なに? ぷぷぷ」
要はあからさまに解るようににやけていた。春樹は「一遍逝っとくか?」と言った。
「いや、いいです、調子乗ってすみませんしたァッ!」
要はふざけた様に言った。
「かーわーいーいー、春樹ちゃんっ」
優も便乗して言ったが春樹の堪忍袋の緒が切れた。
「ブッ殺すぞ!」
春樹はガツンと優を殴った。優が「ギャー死ぬー!」と叫んでいてもお構いなしに殴る。そうしているうちに、学校前にバスが着いていた。
「あー今時間的に二時間目? 教科書持ってきてねぇ〜」
春樹は思い出したかのようにバスを降りながら言った。
「わー悪い子〜俺なんか、机ん中に入れっぱなしだし!」
要は「てへっ」とふざけて言った。
「お前の方が悪い子だわ! 馬鹿か!」
優は要に突っ込みを入れた。
「馬鹿じゃないし!」と要は言いながら優をポカスカと殴った。

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