梔子いろは

『少女と魔女の七日間。』

《December.24》

「…うさん、じょうさん、お嬢さん。」
「…ふん…?」
 目を覚ますと、ここ数日で最もよく見た顔がまじかに迫っていて、私は素晴らしく衝撃的な起き方をすることができた。
「…っ、ぎゃあぁぁあぁ!」
「…ぐ、おはよう、お嬢さん。」
 叫び声に驚いたのか、顔をこわばらせながら、ネルスは私を揺する。
「な、どうしたの?あ、昨日は何時に帰ってきたのよ?」
「十二時過ぎさ。ごめんねアリス、待っててくれてたんだろう?」
 違う、と言いかけて止めた。むしろその通りとしか言いようがなかったからだ。だって、毛布かぶって、この小屋で唯一の出入り口の前で転がっていたら、もう言い訳なんか出来やしない。
「そ…そうよ。何か文句ある?」
「いや…というか、何でそんなに不機嫌なのかな?」
「別に不機嫌何かじゃないわ!あっ、今日は絶対手伝ってもらうんだからね!」
 相手に指を突き付けて、彼が言う「上から目線」というやつでお願いしてみた。素直になれない私としては、これで精一杯なのだ。そんな私の気持ちを読み取ったかの如く、目の前の男は「昨日心配かけたお詫び」と言って、快く承諾してくれた。


「さて、私は何をすればいいんだい?お嬢さん。」
「そうね、じゃそれ、かき回して。」
 私が指さしたのは、ボウルに入れた生クリームだ。これを作らなければ、あとのトッピングに使えない。
「お嬢さん、もしかしなくてもこれ…」
「ケーキだけど、何か?」
「いや…お嬢さんって料理できるんだね。」
 感心したように、ふんふん頷く彼は本当に可愛らしい。小動物系といったらいいのだろうか。
「明日、ケーキ食べたいでしょ?だから、今日作るの。」
 そう言いながら、私は手を動かし続ける。こっちではスポンジ作りの真っ最中だ。そして彼もやっとおっかなびっくりかき回し始める。
「もしかして、作るの初めてなの?」
「当たり前だよ。一人じゃこんなことしないからね。」
 カシャカシャと耳障りな音を立てて、クリームが泡立っていく。あと三分くらいやれば十分な固さになるはずだ。ちなみに、スポンジはもうオーブンの中に入れてある。
「疲れた…?交代しましょうか?」
「いや、大丈夫だ。言っただろう?これは、」
 君に心配かけたお詫びだから、と言われて、またもや頬が熱を帯びるのがわかる。
「なら…いいわ。気をつけてね。」
 それから一時間後、見事綺麗に盛り付けられたホールケーキが私たちの目の前に置かれた。白いクリームと、赤いイチゴがよく合っている。自分たちの手作りなだけに、この出来栄えは嬉しい。
「か…完成ね。」
「あぁ、完成だね。」
 二人で手を取り合って喜んだら、もうテンションは上がりっぱなしだ。いつもは落ち着いているネルスも、瞳をキラキラさせながら微笑んでいる。
「明日食べるのが、待ち遠しいね。」
「そうね。ん、これで明日への準備は終わりよ!」
 飾りつけの準備はもう済んだ。食べ物も用意した。明日のクリスマスはもう完璧だ。
 それから私とネルスは、特別なことをするでもなく、ただただ本を読んだり絵を描いたりして時間をつぶした。そうしているうちに、気がつけばいつの間にか夜になっている。
「時間過ぎるのって、早い。」
「本当だね。」
 この小屋には窓がないので、ドアを開けて確認する。外はもう闇に包まれていた。麗しい星たちが、冬の澄んだ空に瞬いている。雪は、未だ降っていない。明日までには降るだろうか?ホワイトクリスマスに期待しつつ、ゆっくりとドアを閉めようとしてそれを彼に止められた。
「…どうしたの?」
「お嬢さん、君に、見せたいものがあるんだ。」
 そう言って、ネルスは私の手を引っ張って外へ出た。星空の中を、ずんずんと歩いて行く。冷たい空気が肌を撫でて、私は思わず身震いした。そんな気配を暗闇で感じ取ったのか、前を歩く彼は自分の上着を肩にふんわり掛けて寄こす。…やっぱり、気づかいはほんと上手だ。そのまま十分くらい知らない道を歩いて、
「さ、到着だよ、アリス。」
「う、わぁ…!」
 ついた先には特大のクリスマスツリー。電飾はキラキラと光り輝いて、私の眼を楽しませてくれる。こんな大きな木なのに、ちゃんとてっぺんまで飾りは付けてあって…て。もしかして。
「はは、一人でこれを全部やるのは大変だったな。何回か落ちたし。」
「わ、私のために…やってくれたの?こんなに大変なこと?」
 じゃあ、不自然な傷は?いやに帰りが遅かったのは、全部このためだった?
「ふっ…うっく、ひぐ。」
「どうか泣かないで、アリス。」
「ほ、ほんとよ!っく…お、んなのこ、泣かす、なんて。」
「ごめん、ごめんね。でも、君をどうしても喜ばせたかった。」
 何だか、こんなに嬉しいのは久しぶりで、涙がとめどなく溢れてくる。こんなに泣いたら絶対不細工な顔になってる。
「ほんと、ほんと、さいてー…。でも。…その百倍嬉しいよっ。」
 勢いでネルスの胸に飛び込んだ。そんな鼻水と涙でぐしゃぐしゃの私の抱きとめて、優しく頭を撫ででくれる彼は、私の一番大切な人だ。
「ありがとう、ネルス。」
「どういたしまして、アリス。」
 まるで私の幸せが自分の幸せだとでもいうように、本当に嬉しそうな表情で彼は微笑んだ。多分、世界で一番きれいな笑顔。
「でも…一日フライングよ?」
「明日の夜は曇りらしいから、どうしても今日じゃなきゃ駄目だったんだ。」
「いいわ、許してあげる。だって、こんな素敵なもの見せてくれたんだもの。」
 聖夜の一日前は、私たちにとって最高の日となった。

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