翌日の朝、自分はもう一歩彼に近づくために家の薬箱に入っていた絆創膏のケース一箱と、消毒液を鞄に突っ込んで登校した。
彼が誰よりも早く登校するというのは噂になっていたから、自分もその日は早くに家を出て会話をしてみようと思っていた。
しかし、その日はまだ教室に居らず、他の生徒がちらほら教室に入ってきても彼の姿はなかった。
八時三十五分、朝会が始まる時間になっても彼は来ることはなく、先生が教室に入ってきて言った第一声で、自分はその日来なかった彼の全てを悟った。
『彼は、昨日…学校の屋上から転落して亡くなりました』
やっと踏み出せた一歩は、もう既に遅すぎたのだ。
それ以来、不良たちもこの学校から姿を消した。
彼の死因は自殺だと、その後校長による集会で告げられた。校長は彼の両親が書いた手紙を読み上げて、虐めがあった事実を悲しみ、彼の死を悼んだ。体育館の後ろでは報道陣のカメラが始終を撮っていた。
自分はその時、まるで自分が彼の友達であったかのように、その全てを見ていた。
彼が死ぬ原因であったあの行為をした人間を恨み、それを知っていたのに何もしなかった周囲の人間をも恨んだ。
自分だって、その一人であるのに。
自分だって、絆創膏を一枚上げただけだというのに、だ。
そして今、自分は二十九歳になる。
あれからは、ずっと勉強の毎日だった。何も出来なかった自分の不甲斐なさを悔やみ、死んでしまった彼のために何か出来ないかととりあえず勉学に勤しんだ。
そして、いつしか考えるようになった。
『他人によって刻まれた心の傷を、その人間に返すことはできないか』と。